ルカによる福音

 〔そのとき、イエスは弟子たちに言われた。〕21・12「人々はあなたがたに手を下して迫害し、会堂や牢に引き渡し、わたしの名のために王や総督の前に引っ張って行く。13それはあなたがたにとって証しをする機会となる。14だから、前もって弁明の準備をするまいと、心に決めなさい。15どんな反対者でも、対抗も反論もできないような言葉と知恵を、わたしがあなたがたに授けるからである。16あなたがたは親、兄弟、親族、友人にまで裏切られる。中には殺される者もいる。17また、わたしの名のために、あなたがたはすべての人に憎まれる。18しかし、あなたがたの髪の毛の一本も決してなくならない。19忍耐によって、あなたがたは命をかち取りなさい。」

 

 可児市塩の地域は、特に寛文年間(1661年~1673年頃)に美濃・尾張地方で発生したキリシタンの一斉検挙、通称「濃尾崩れ」の発端の地の一つとされています。

 カトリック名古屋教区ではこの地で殉教した方がたを讃える祈念碑を建立し、巡礼地にしています。

 甘露寺は臨済宗妙心寺派の寺院ですが、キリシタンの子どもたちを堂内に集めて改宗させようとしたと言われます。子どもたちは説得に応ぜず、殉教をしたと聞いています。

 

 「あなたがたの髪の毛の一本も決してなくならない。忍耐によって、あなたがたは命をかち取りなさい。」というイエスの声を彼らも聞いたでしょうか。

ルカによる福音

〔そのとき、〕21・5ある人たちが、神殿が見事な石と奉納物で飾られていることを話していると、イエスは言われた。6「あなたがたはこれらの物に見とれているが、一つの石も崩されずに他の石の上に残ることのない日が来る。」

7そこで、彼らはイエスに尋ねた。「先生、では、そのことはいつ起こるのですか。また、そのことが起こるときには、どんな徴があるのですか。」8イエスは言われた。「惑わされないように気をつけなさい。わたしの名を名乗る者が大勢現れ、『わたしがそれだ』とか、『時が近づいた』とか言うが、ついて行ってはならない。9戦争とか暴動のことを聞いても、おびえてはならない。こういうことがまず起こるに決まっているが、世の終わりはすぐには来ないからである。」10そして更に、言われた。「民は民に、国は国に敵対して立ち上がる。11そして、大きな地震があり、方々に飢饉や疫病が起こり、恐ろしい現象や著しい徴が天に現れる。」

 

 壮麗な建築物を見ると、誰しもが感嘆すると思いますが、イエスは「あなたがたはこれらの物に見とれているが、一つの石も崩されずに他の石の上に残ることのない日が来る。」と予告します。

 世界遺産に登録されている建物も、爆弾一発で崩壊してしまいます。建てるのに多くの年月がかかったとしても、壊れるときは一瞬です。

 「民は民に、国は国に敵対して立ち上がる。そして、大きな地震があり、方々に飢饉や疫病が起こり、恐ろしい現象や著しい徴が天に現れる。」とイエスは予告します。

 長い教会の歴史の中では、こうした予告に基づき、何度も世の終わりが来るというデマに振り回されてきました。

 明日、どんな事態が生じようとも、イエスが私たちと共におられることを信じて生きていきたいと思います。

ルカによる福音

 10・21そのとき、イエスは聖霊によって喜びにあふれて言われた。「天地の主である父よ、あなたをほめたたえます。これらのことを知恵ある者や賢い者には隠して、幼子のような者にお示しになりました。そうです、父よ、これは御心に適うことでした。22すべてのことは、父からわたしに任せられています。父のほかに、子がどういう者であるかを知る者はなく、父がどういう方であるかを知る者は、子と、子が示そうと思う者のほかには、だれもいません。」23それから、イエスは弟子たちの方を振り向いて、彼らだけに言われた。「あなたがたの見ているものを見る目は幸いだ。24言っておくが、多くの預言者や王たちは、あなたがたが見ているものを見たかったが、見ることができず、あなたがたが聞いているものを聞きたかったが、聞けなかったのである。」

 

 イエスは、派遣した七十二人が、ご自分のもとに喜んで帰ってくると、聖霊によって喜びにあふれて天地の主である神をたたえます。

 シモン・ペトロ、ヤコボ、ヨハネはゲネザレト湖の漁師たちであり、律法について明るい人たちではありませんでした。

 イエスと共にいることによって、彼らは「多くの預言者や王たち」でさえ聞くことのできなかった神の言葉を聞くことができました。

 イエスは、父である神が彼らに示した神の知恵に感謝し、神に賛美を捧げます。