ルカによる福音

 〔そのとき、イエスは話しておられたが、〕11・37ファリサイ派の人から食事の招待を受けたので、その家に入って食事の席に着かれた。38ところがその人は、イエスが食事の前にまず身を清められなかったのを見て、不審に思った。39主は言われた。「実に、あなたたちファリサイ派の人々は、杯や皿の外側はきれいにするが、自分の内側は強欲と悪意に満ちている。40愚かな者たち、外側を造られた神は、内側もお造りになったではないか。41ただ、器の中にある物を人に施せ。そうすれば、あなたたちにはすべてのものが清くなる。」

 

 ファリサイ派の人びとが食事の前に身を清めるのは、衛生上の配慮ではなく、儀礼的な穢れを清めるための儀礼でした。ファリサイ派の人の家に招かれたイエスはわざと身を清める所作をしませんでした。

 イエスが食事の前の身を清めを省いたのは、「人間の作った形式的な決まりや外面の取り繕いよりも、神に向けられた誠実な心や、隣人への慈悲・正義の実行こそが本質である」という教えを、自身の行動と直接的な言葉で示すためでした。

 しかし、イエスの言葉は招待したファリサイ派の人には全く意味不明の言葉と思えたに違いありません。