ルカによる福音

 〔そのとき、〕11・29群衆の数がますます増えてきたので、イエスは話し始められた。「今の時代の者たちはよこしまだ。しるしを欲しがるが、ヨナのしるしのほかには、しるしは与えられない。30つまり、ヨナがニネベの人々に対してしるしとなったように、人の子も今の時代の者たちに対してしるしとなる。31南の国の女王は、裁きの時、今の時代の者たちと一緒に立ち上がり、彼らを罪に定めるであろう。この女王はソロモンの知恵を聞くために、地の果てから来たからである。ここに、ソロモンにまさるものがある。32また、ニネベの人々は裁きの時、今の時代の者たちと一緒に立ち上がり、彼らを罪に定めるであろう。ニネベの人々は、ヨナの説教を聞いて悔い改めたからである。ここに、ヨナにまさるものがある。」

 

 ヨナのしるしとは何でしょうか。マタイ福音書では、「ヨナが三日三晩、大魚の腹の中にいたように、人の子も三日三晩、大地の中にいること」だとイエスはいいます。

 「ヨナがニネベの人びとにしるしになる」という意味は、ヨナが伝えた預言がニネベの人の回心を生むことになるということではないでしょうか。

 群衆は自分たちが納得するしるしを求めますが、イエスご自身がしるしであることを受けいれません。

 イエスはたとえを用いて話す理由を、聞き手が「見ても見ず、聞いても聞かず、理解できないから」だといいました。

 群衆が、イエスの言葉としるしを見ても、さらに自分たちを納得させるしるしをイエスに要求するのは、彼らは「見ても見ず、聞いても聞かず、理解できないから」に外なりません。

 しるしは目の前にあります。それをしるしとして認める目をいただけますように。