ルカによる福音

 〔そのとき、イエスは〕11・5弟子たちに言われた。「あなたがたのうちのだれかに友達がいて、真夜中にその人のところに行き、次のように言ったとしよう。『友よ、パンを三つ貸してください。6旅行中の友達がわたしのところに立ち寄ったが、何も出すものがないのです。』7すると、その人は家の中から答えるにちがいない。『面倒をかけないでください。もう戸は閉めたし、子供たちはわたしのそばで寝ています。起きてあなたに何かをあげるわけにはいきません。』8しかし、言っておく。その人は、友達だからということでは起きて何か与えるようなことはなくても、しつように頼めば、起きて来て必要なものは何でも与えるであろう。9そこで、わたしは言っておく。求めなさい。そうすれば、与えられる。探しなさい。そうすれば、見つかる。門をたたきなさい。そうすれば、開かれる。10だれでも、求める者は受け、探す者は見つけ、門をたたく者には開かれる。11あなたがたの中に、魚を欲しがる子供に、魚の代わりに蛇を与える父親がいるだろうか。12また、卵を欲しがるのに、さそりを与える父親がいるだろうか。13このように、あなたがたは悪い者でありながらも、自分の子供には良い物を与えることを知っている。まして天の父は求める者に聖霊を与えてくださる。」

 

 弟子たちに「主の祈り」を教えた、すぐ後にイエスが弟子たちに語ったたとえです。弟子たちの中には「主の祈り」を何度唱えても効き目がないという人もいたのではと思います。

 むかし、子どもたちに乱暴を働く父親のために祈りなさいと神父さんに言われ、形式的に「主の祈り」を唱えていたことがありました。何年か過ぎたとき、思いがけない仕方で父親と和解する機会を得ました。

 それ以来、家族関係に悩む方に口先で「主の祈り」を唱えることをお勧めします。「効果がない」というクレームには、「何年間祈りましたか」とお答えします。

 神さまは思いがけないとき、思いがけない仕方でわたしたちの心の深くにある願いを聴き入れてくださると信じています。