マタイによる福音
〔そのとき、〕17・14ある人がイエスに近寄り、ひざまずいて、15言った。「主よ、息子を憐れんでください。てんかんでひどく苦しんでいます。度々火の中や水の中に倒れるのです。16お弟子たちのところに連れて来ましたが、治すことができませんでした。」17イエスはお答えになった。「なんと信仰のない、よこしまな時代なのか。いつまでわたしはあなたがたと共にっっっっsいられようか。いつまで、あなたがたに我慢しなければならないのか。その子をここに、わたしのところに連れて来なさい。」18そして、イエスがお叱りになると、悪霊は出て行き、そのとき子供はいやされた。19弟子たちはひそかにイエスのところに来て、「なぜ、わたしたちは悪霊を追い出せなかったのでしょうか」と言った。20イエスは言われた。「信仰が薄いからだ。はっきり言っておく。もし、からし種一粒ほどの信仰があれば、この山に向かって、『ここから、あそこに移れ』と命じても、そのとおりになる。あなたがたにできないことは何もない。」
てんかんで苦しむ息子を助けて下さるようイエスにイエスに頼んだ父親は、弟子たちには治すことができなかったとイエスに言います。
イエスが悪霊を叱ると、子どもは癒やされました。
その後弟子たちがひそかにイエスに「なぜ、わたしたちは悪霊を追い出せなかったのでしょうか」と言うと、イエスは「信仰が薄いからだ。」と言いました。
弟子たちはこの手の病気を癒やす方法をイエスから学びたかったのかもしれません。
更にイエスは、「この種のものは、祈りによらなければ追い出すことができない。」と言います。その祈りは病気や、悪霊を追い出す特定の祈りのことではなく、「自分には何もできないことを認め、完全に神に頼り切る姿)」のことでした。
聖ドミニコについては女子パウロ会ホームページをごらんください。
https://www.pauline.or.jp/calendariosanti/gen_saint50.php?id=122001
ドミニコ会はフランシスコ会と共に托鉢修道会として中世に成立しました。
スコラ哲学でドミニコ会を代表するのは聖トマス・アクィナス、フランシスコ会を代表するのは聖ボナヴェントゥラです。