マタイによる福音
〔そのとき、イエスは言われた。〕11・28疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。29わたしは柔和で謙遜な者だから、わたしの軛を負い、わたしに学びなさい。そうすれば、あなたがたは安らぎを得られる。30わたしの軛は負いやすく、わたしの荷は軽いからである。」
「疲れた者、重荷を負う者」とは、当時のユダヤ社会の宗教指導者(ファリサイ派や律法学者)によって、がんじがらめの律法の解釈を押し付けられ、疲れ果てていた民衆です。彼らは、神に近づきたいと願いながらも、人間が作った宗教的ルールや「こうでなければならない」という義務感の重圧に押し潰されていました。
イエスは「すべての荷物を取り払って、何もしなくていい自由をあげる」と言っているのではありません。そうではなく、「あなたが一人で背負って苦しんでいるその重荷を、これからは私が一緒に隣に並んで、半分、あるいはそれ以上を担って一緒に引いてあげよう」と言います。
この部分は一宮教会の葬儀ミサの福音の朗読箇所です。