マタイによる福音

 〔そのとき、〕9・14ヨハネの弟子たちがイエスのところに来て、「わたしたちとファリサイ派の人々はよく断食しているのに、なぜ、あなたの弟子たちは断食しないのですか」と言った。15イエスは言われた。「花婿が一緒にいる間、婚礼の客は悲しむことができるだろうか。しかし、花婿が奪い取られる時が来る。そのとき、彼らは断食することになる。16だれも、織りたての布から布切れを取って、古い服に継ぎを当てたりはしない。新しい布切れが服を引き裂き、破れはいっそうひどくなるからだ。17新しいぶどう酒を古い革袋に入れる者はいない。そんなことをすれば、革袋は破れ、ぶどう酒は流れ出て、革袋もだめになる。新しいぶどう酒は、新しい革袋に入れるものだ。そうすれば、両方とも長もちする。」

 

 イエスは布のたとえと革袋のたとえで何を言いたかったのでしょうか。

 ここでいう「古い服」「古い革袋」とは、当時のユダヤ教の指導者(ファリサイ派)が固執していた「形式主義的な律法の解釈や、断食などの古い伝統・習慣」を指します。

 一方で「新しい布」「新しいぶどう酒」とは、イエス自身がもたらした「神の愛、内面からの救い、そして自由」という全く新しい教えのことです。

 イエスのたとえの意味は、ユダヤ教の枠組みでものを考える人々には理解できませんでした。