マタイによる福音

 〔そのとき、イエスは使徒たちに言われた。〕10・7「行って、『天の国は近づいた』と宣べ伝えなさい。8病人をいやし、死者を生き返らせ、重い皮膚病を患っている人を清くし、悪霊を追い払いなさい。ただで受けたのだから、ただで与えなさい。9帯の中に金貨も銀貨も銅貨も入れて行ってはならない。10旅には袋も二枚の下着も、履物も杖も持って行ってはならない。働く者が食べ物を受けるのは当然である。11町や村に入ったら、そこで、ふさわしい人はだれかをよく調べ、旅立つときまで、その人のもとにとどまりなさい。12その家に入ったら、『平和があるように』と挨拶しなさい。13家の人々がそれを受けるにふさわしければ、あなたがたの願う平和は彼らに与えられる。もし、ふさわしくなければ、その平和はあなたがたに返ってくる。」

 

 イエスは十二人の弟子を呼び寄せ汚れた霊に対する権能を授け、宣教に遣わす前に指示を与える場面です。

 彼らの権能は、彼ら自身のものではなく、イエスが授けたものです。

 イエスは「帯の中に金貨も銀貨も銅貨も入れて行ってはならない。旅には袋も二枚の下着も、履物も杖も持って行ってはならない。」と言います。

 現代のわたしたちの感覚からすれば、まるで実行不可能な課題のように思えます。

 しかし、イエス時代のパレスチナ地方には、旧約聖書の時代から、見知らぬ旅人を家に迎え入れてもてなすことは、神に従う者として絶対の義務とされていました。ましてや、彼らは「神の国の到来」を告げて回る宗教的な伝道者です。弟子たちが町や村に入れば、必ず彼らを家に迎え入れ、食事や宿を提供する人々がいたという解説を読みましたが、実感がありませんでした。

 サティシュ・クマールさんは、インドで生まれ、1962年から核兵器廃絶を訴える13,000キロの平和巡礼を無銭、徒歩で2年半かけて行いました。

 クマールさんのことを知ったとき、十二人の弟子の宣教旅行に真実味が感じられました。

 

 聖バルナバについては女子パウロ会ホームページをごらんください。

https://www.pauline.or.jp/calendariosanti/gen_saint50.php?id=061101