マルコによる福音

 〔そのとき、イエスは人々に言われた。〕4・26「神の国は次のようなものである。人が土に種を蒔いて、27夜昼、寝起きしているうちに、種は芽を出して成長するが、どうしてそうなるのか、その人は知らない。28土はひとりでに実を結ばせるのであり、まず茎、次に穂、そしてその穂には豊かな実ができる。29実が熟すと、早速、鎌を入れる。収穫の時が来たからである。」

 30更に、イエスは言われた。「神の国を何にたとえようか。どのようなたとえで示そうか。31それは、からし種のようなものである。土に蒔くときには、地上のどんな種よりも小さいが、32蒔くと、成長してどんな野菜よりも大きくなり、葉の陰に空の鳥が巣を作れるほど大きな枝を張る。」

 33イエスは、人々の聞く力に応じて、このように多くのたとえで御言葉を語られた。34たとえを用いずに語ることはなかったが、御自分の弟子たちにはひそかにすべてを説明された。

 

 イエスはご自分のたとえを「弟子たちにはひそかにすべてを説明された。」とマルコは述べますが、弟子たちはイエスの説明を聞いても分からなかったのではないかと思います。

 イエスは、種に備わっている生命力が実を結ばせるように、神の国も必ず実を結ぶと言っておられます。

 イエスが「御自分の弟子たちにはひそかにすべてを説明された」にもかかわらず、自分たちはその意味が飲み込めなかったことの反省がにじみ出ているように思えます。