ルカによる福音
〔そのとき、〕7・11イエスはナインという町に行かれた。弟子たちや大勢の群衆も一緒であった。12イエスが町の門に近づかれると、ちょうど、ある母親の一人息子が死んで、棺が担ぎ出されるところだった。その母親はやもめであって、町の人が大勢そばに付き添っていた。13主はこの母親を見て、憐れに思い、「もう泣かなくともよい」と言われた。14そして、近づいて棺に手を触れられると、担いでいる人たちは立ち止まった。イエスは、「若者よ、あなたに言う。起きなさい」と言われた。15すると、死人は起き上がってものを言い始めた。イエスは息子をその母親にお返しになった。16人々は皆恐れを抱き、神を賛美して、「大預言者が我々の間に現れた」と言い、また、「神はその民を心にかけてくださった」と言った。17イエスについてのこの話は、ユダヤの全土と周りの地方一帯に広まった。
死体やそれを運ぶ担架に触れるのは、埋葬を担う近親者や葬儀に携わる専門の者のみが一般的でした。
それ以外の者が意図的に触れることは、その人自身がケガレを負うだけでなく、共同体の宗教的な秩序を乱す行為と見なされかねませんでした。
イエスは、葬列に近づき、棺に手を触れました。これは、当時のユダヤ教の慣習からすれば、死体のケガレを自ら引き受ける行為でした。
しかし、イエスは、ケガレを負うどころか、そのケガレ(死)を乗り越える力を示しました。イエスが棺に触れた瞬間、死んだ若者が生き返り、その若者は母親に返されました。
イエスは病気を癒やしたり、死人を甦らせたりしましたが、そのたびに病や死や罪を背負い、そのすべてを十字架に釘付けにして世を救われたのだと思います。
聖チプリアノと聖コルネリオについては女子パウロ会ホームページをご覧下さい。
https://www.pauline.or.jp/calendariosanti/gen_saint365.php?id=091603
https://www.pauline.or.jp/calendariosanti/todayssaint.php?id=091602