マタイによる福音

18・1そのとき、弟子たちがイエスのところに来て、「いったいだれが、天の国でいちばん偉いのでしょうか」と言った。2そこで、イエスは一人の子供を呼び寄せ、彼らの中に立たせて、3言われた。「はっきり言っておく。心を入れ替えて子供のようにならなければ、決して天の国に入ることはできない。4自分を低くして、この子供のようになる人が、天の国でいちばん偉いのだ。5わたしの名のためにこのような一人の子供を受け入れる者は、わたしを受け入れるのである。

 10これらの小さな者を一人でも軽んじないように気をつけなさい。言っておくが、彼らの天使たちは天でいつもわたしの天の父の御顔を仰いでいるのである。」

 

 弟子たちは、自分たちのうちだれがいちばん偉いかをめぐって内輪もめしていました。その内輪もめは「いったいだれが、天の国でいちばん偉いのか」という議論に行きつきました。

 弟子たちのなかには、他の弟子たちから馬鹿にされたり、軽んじられたりする人がいたのではないかと思います。

 イエスの言う子供は、小さい、かわいい、純真ということではなく、むしろ手がかかる、足手まといになる存在ではないでしょうか。

 能力的に劣っていようが、他の弟子の足手まといになっていようが、その弟子はイエスがお選びになった弟子であり、天の父の祝福を受けたものであるとイエスは教えておられるように思います。

 

 戦争の被害者になるのは、女性と子どもたちです。子どもたちには守護の天使が寄りそっているという想像力が戦争をする人たちには決定的に欠けています。子どもを殺したり、傷つけたりすることは、わたしたちの未来を破壊していることに外ならないと思います。

 

 守護の天使については女子パウロ会ホームページをごらんください。

https://www.pauline.or.jp/calendariosanti/gen_saint50.php?id=100201