マルコによる福音1:12-15
12 〔そのとき、〕“霊”はイエスを荒れ野に送り出した。13 イエスは四十日間そこにとどまり、サタンから誘惑を受けられた。その間、野獣と一緒におられたが、天使たちが仕えていた。
14 ヨハネが捕らえられた後、イエスはガリラヤへ行き、神の福音を宣べ伝えて、15 「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」と言われた。
四旬節や復活節の主日(日曜日)の三つの聖書朗読は共通のテーマでまとめられています。
第一朗読は洪水物語のあとのノアとその息子たちに対する祝福と契約の場面です。洪水の後、神は契約をノアとその息子たち、そして箱船からでたすべての獣と契約を立てると宣言します。この契約により、「二度と洪水によって肉なるものがことごとく滅ぼされることはなく、洪水が起こって地を滅ぼすことも決してない。」と神は約束されます。
一般に契約とは、二人以上の当事者の意思表示の合致によって成立する法律行為を指します。英語ではこの契約をcontractと言います。聖書でいう契約は、場合によって神と人間との双務的な契約ではなく、神の人間に対する無条件の契約です。英語ではこの契約をtestament, covenantと言います。神が一方的に人間と全被造物に対してする約束ですから、人間の行いによって破棄されることはありません。神はご自分と大地の間に立てた契約のしるしとして雲の中に虹を置きます。虹が現れる度に神ご自身がご自分の契約を思い起こし、肉なるものを滅ぼすことは決してないと約束されます。
「虹」と訳されている言葉は、通常「弓」として使われており、攻撃の道具です。神は人を傷つける兵器である「弓」を地上と天上を結ぶ「虹」としてくださったのです。
第二朗読はペトロの手紙です。ペトロの手紙は、苦難に遭遇している小アジアの共同体の人々に、洗礼の恵みを思い起こさせ、終末の希望を確信させ、励まします。著者は、ノアの洪水物語について言及し、ノアとその息子たち8人だけが水の中を通って救われたといいます。このように水で洗礼を受ける人々はイエス・キリストの復活によって救われると説きます。
マルコ福音は、ヨルダン川でヨハネから洗礼を受け、「水の中から上がるとすぐ、天が裂けて“霊”が鳩のように御自分に降って来るのを、御覧になった」とあります。この霊は天からの霊であると共にイエスご自身の霊でもあります。「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」という天からの声をイエスは聞きました。宣教の開始にあたり、父である神の絶対的な肯定と承認をイエスは受けました。天から霊とこの父である神の絶対的な肯定がイエスの宣教の原動力となりました。その霊によってイエスは荒れ野に送り出され、サタンからの誘惑を受けたのちガリラヤでの宣教を開始します。
「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」という短い言葉にイエスの宣教内容のすべてが織り込まれています。
「時は満ち」と言われる時は「カイロス」というギリシャ語です。ギリシャ語にはもう一つ時を意味する「クロノス」という言葉があります。クロノスは時計で計ることができる「量的な時間」です。「カイロス」は、時計では計ることのできない「質的な時間」です。「コヘレトの言葉」の研究者である小友聡先生によれば、一瞬、時間が止まり、突然、神が介入したかのような不思議な「時」。その時が、人生を決めることがあります。一瞬の時が、永遠と化すこともあります。一瞬でありながら永遠でもある。それがカイロスです。
ひとこと
私たちは、平凡な日が続くと、なんとなく思い込んでいますが、のと地震のように一瞬で周りの風景が一変し、当たり前のように思っていた電気や水道が止まることで、それが有り難いものだったことに気づきます。
被災地では助け合う人たちの姿も見受けられますが、火事場泥棒のような人もいるとニュースで報道されています。
こうしたときに何をするかで、私たちの信仰が問われているように思います。