ルカによる福音
〔そのとき、イエスは弟子たちに言われた。〕9・22「人の子は必ず多くの苦しみを受け、長老、祭司長、律法学者たちから排斥されて殺され、三日目に復活することになっている。」23それから、イエスは皆に言われた。「わたしについて来たい者は、自分を捨て、日々、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい。24自分の命を救いたいと思う者は、それを失うが、わたしのために命を失う者は、それを救うのである。25人は、たとえ全世界を手に入れても、自分の身を滅ぼしたり、失ったりしては、何の得があろうか。」
イエスはご自分の受難を予告します。
受難予告の後に、イエスは、「わたしについて来たい者は、自分を捨て、日々、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい。」と言います。
自分の十字架とは何でしょうか。十字架は背負わされるものです。自分が背負わされているものは、人種、国籍、性別、障害の有無などです。人間はこれらをあらかじめ選んで生まれることはできません。
アウシュビッツから生還した精神科医ヴィクトル・フランクルは、変更不可能な自分の運命を抱き留める生き方のことを態度価値と呼んでいます。