マタイによる福音
〔そのとき、〕9・35イエスは町や村を残らず回って、会堂で教え、御国の福音を宣べ伝え、ありとあらゆる病気や患いをいやされた。36また、群衆が飼い主のいない羊のように弱り果て、打ちひしがれているのを見て、深く憐れまれた。37そこで、弟子たちに言われた。「収穫は多いが、働き手が少ない。38だから、収穫のために働き手を送ってくださるように、収穫の主に願いなさい。」
10・1イエスは十二人の弟子を呼び寄せ、汚れた霊に対する権能をお授けになった。汚れた霊を追い出し、あらゆる病気や患いをいやすためであった。
5イエスはこの十二人を派遣するにあたり、次のように命じられた。6「イスラエルの家の失われた羊のところへ行きなさい。7行って、『天の国は近づいた』と宣べ伝えなさい。8病人をいやし、死者を生き返らせ、重い皮膚病を患っている人を清くし、悪霊を追い払いなさい。ただで受けたのだから、ただで与えなさい。」
イエスは町や村を残らず回って、御国の福音を宣べ伝え、人々の病気や患いをいやされましたが、お一人でできることは限られているため、十二人の弟子を呼び寄せ、ご自分の権能を分け与えられました。それは十二人にご自分の使命を果たさせるためでした。
「ただで受けたのだから、ただで与えなさい。」という言葉に注目したいです。十二人に与えられた能力は、イエスの能力であり、彼ら自身に内在している力ではないのです。
司祭として働くとき、このことをわきまえ、自分の報酬を求めてはならないと自戒します。