ヨハネによる福音

 〔そのとき、〕6・60イエスの弟子たちの多くの者は言った。「実にひどい話だ。だれが、こんな話を聞いていられようか。」61イエスは、弟子たちがこのことについてつぶやいているのに気づいて言われた。「あなたがたはこのことにつまずくのか。62それでは、人の子がもといた所に上るのを見るならば……。63命を与えるのは〝霊〟である。肉は何の役にも立たない。わたしがあなたがたに話した言葉は霊であり、命である。64しかし、あなたがたのうちには信じない者たちもいる。」イエスは最初から、信じない者たちがだれであるか、また、御自分を裏切る者がだれであるかを知っておられたのである。65そして、言われた。「こういうわけで、わたしはあなたがたに、『父からお許しがなければ、だれもわたしのもとに来ることはできない』と言ったのだ。」

 66このために、弟子たちの多くが離れ去り、もはやイエスと共に歩まなくなった。67そこで、イエスは十二人に、「あなたがたも離れて行きたいか」と言われた。68シモン・ペトロが答えた。「主よ、わたしたちはだれのところへ行きましょうか。あなたは永遠の命の言葉を持っておられます。69あなたこそ神の聖者であると、わたしたちは信じ、また知っています。」

 

 パンの講話の最後の部分です。ヨハネ福音書には、イエスが弟子の足を洗う場面はあっても、最後の晩餐の様子が描かれていません。イエスのパンの講話は、イエスがご自分の肉と血を分け与えられることについて説き明かしており、ヨハネの聖体論とも言われるところです。

 

イエスの前に立つ者は最終的に、イエスに付き従うか、イエスから離れるかの決断を迫られます。

 

改訂された式次第では、聖体拝領前の信仰告白は、規範版のマタイ8章8節の百人隊長のことばに基づく信仰告白「主よ、わたしはあなたをお迎えするにふさわしい者ではありません。おことばをいただくだけで救われます」を用いることになりましたが、ペトロの信仰告白も選択できるようになっています。