萬福寺の普茶弁当の上に五観の偈(ごかんのげ)のしおりが置いてありました。
このお寺の開祖は隠元禅師ですが、禅宗ですから、五観の偈があるのだなあと思いました。
ウィキペディアでは次の様に説明されています。
五観の偈(ごかんのげ)は、主に禅宗において食事の前に唱えられる偈文。僧侶の食事作法のひとつだが、道徳的普遍性の高い文章であるため禅に限らず多くの分野で引用されている。五観文、食事五観文、食事訓とも。典拠は唐の南山大師道宣が著した『四分律行事鈔』。道元の著作『赴粥飯法』によって広く知られるようになった。 
萬福寺の文言どおりにしるしておきます。梅干しの天ぷらには本当に驚きましたが、おいしかったです。
 
【偈文】
一には、功の多少を計(はか)り彼(か)の来処(らいしょ)を量(はか)る。
     (食物が供されるまでの人々の苦労及び施主のおんに感謝し頂くこと)
二には、己が徳行(とくぎょう)の全闕(ぜんけつ)と忖(はか)つて供(く)に応(おう)ず。
     (自己の行いを見つめて食物を頂くのに値するか推し量ること)
三には、心を防ぎ過貪等離るるを宗(しゅう)とす。
     (多く貪らないように慎むこと) 
四には、正に良薬を事とすることは形枯(ぎょうこ)を療(りょう)ぜんが為なり。
     (健全なる心身を維持するために必要な薬として頂くこと)
五には、成道(じょうどう)を成ぜんが為に応に此の食(じき)を受くべし。
     (道を修めるためにこの食を頂くこと)
食前の祈りですね。昨日仏教系の私立高校の入学式に参加した人の横の方が食前の祈りをさせるということで絶句したそうです。なおらいや陰膳など食事の宗教性がはぎ取られているところでは食はありがたく頂くものではなく、貪り食らうものになってしまうと思います。キリスト教のユーカリストも日常の食事とのつながりを失えばサクラメントの力がそがれるように思います。
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