今朝は聖マリア女学院中学課程修了感謝ミサに行ってきました。
課程を修了する本人もそうですが保護者の方が熱心に参加なさいます。
子どもの成長を願い、祝う保護者の気持ちが子どもを育てるのだと思います。
課程を修了する本人もそうですが保護者の方が熱心に参加なさいます。
子どもの成長を願い、祝う保護者の気持ちが子どもを育てるのだと思います。
2010年度 聖マリア女学院中学課程修了感謝ミサ説教案
ひまわりのような明るさを身につけよう
中学生時代は一口でいえば不機嫌な時代ではないでしょうか。わたし自身の中学生時代を振り返ると、自分とは誰か、なぜこの親の元に生まれてこなければならなかったのか。どうして自分は才能に恵まれないのかといったことが次々と心からわき上がってきたように思います。
特に何故この親で、この環境のもとで生まれなければならなかったのか、という思いは、強い影響を自分に与えます。こうした事柄を香山リカ先生は、「親は選べないが、人生は選べることを忘れない」ことによって乗り越えることができると言っています。
「どういった親の子どもとして生まれて来るかによって、その子どもの育つ環境にはある程度の差ができることは事実だ。しかし、その差や不平等が子どもに強い影響を与えるのは人生のスタートから何年かの間のことであって、それがその人の一生を決定するわけではない。 自分の人格をどう成長させ、人生をどうアレンジしていくかの決定権、主導権は、自分自身にあるのだ。」(香山リカ『親子という病』講談社現代新書2008年)と彼女は言います。
わたしの見方から言えば確かに子どもは親を、また自分の身体的状態をあらかじめ選んで生まれて来ることはできませんが、親もまた一人ひとりの子どもを作ったわけではなく、授かったのであって、制作したわけではありません。親は子どもを授かり、子どもは親を与えられたということができます。もし神さまや仏様からそのようなご縁を授かったと受け止めることができれば、親子関係はもっとしなやかになるように思うのです。
もう一つ中学生時代に限らず、私たちは人との距離の取り方について悩むものです。この悩みは私たちが生きている限り、抱え続けるものだと思います。このことに関しては金城学院大学学長の柏木哲夫先生が「ヤマアラシの距離」の比喩を紹介しています。
ただし、親は親、子は子という気持ちが強くなりすぎて、親と子の間が離れすぎてしまってもいけません。とても難しいことですが、いつも、ちょうどよい距離を保つ必要があるのです(柏木哲夫『家族の実力』幻冬舎2007年12月)。
冬の寒い夜、二匹のヤマアラシが野原で会いました。風が吹き、寒くて仕方ありません。そこで、互いの体温で温め合おうと、二匹が近寄ったところ、近寄りすぎて、自分たちの持つ針で互いを傷つけ合い、とても痛かったといいます。これではいけない、と離れると、二匹の間を風が通り抜けて行き、また寒いのです。 そこで二匹は少しずつ近づき、互いの針で互いが傷つかない程度で、しかも体温を感じられる距離を保ちながら、夜が明けるのを待ったということです。これが、まさに「理想的」な人と人との距離なのです。夫婦、親子、友人などの距離のとり方にも参考になると思います。夫婦であっても、独立した人間です。親友や親子であっても、あまり距離が近すぎると、傷つけてしまう場合があります。たとえば、「お父さんは、あのように言っているけど、自分は自分なのだから」という気持ちは大切なのです。
ただし、親は親、子は子という気持ちが強くなりすぎて、親と子の間が離れすぎてしまってもいけません。とても難しいことですが、いつも、ちょうどよい距離を保つ必要があるのです(柏木哲夫『家族の実力』幻冬舎2007年12月)。
この距離は恐らく何度もお互いにぶつかり合いながら体験的に分かっていくものなのだろうと思います。大人になって行くに従って自立して行くためには、それなりの経済力も大切だけれど、「ひとりの時間をひとりで楽しめる」という孤独に耐えられる力、孤独力も欠かせないと先ほどの香山リカ先生は言います。柏木先生の言葉で言えば、「自分は自分なのだから」という気持ちをお互いに持つことではないでしょうか。
人生パワーの源は感謝力
今ご紹介しました柏木哲夫先生は、元々は精神科医で日本でホスピスを始められた方です。柏木先生は2500人もの末期ガンの患者さんを看取りながら、「人は生きてきたように死んでいく」とおっしゃっています。
今ご紹介しました柏木哲夫先生は、元々は精神科医で日本でホスピスを始められた方です。柏木先生は2500人もの末期ガンの患者さんを看取りながら、「人は生きてきたように死んでいく」とおっしゃっています。
多くの人を見とってきた私の実感する言葉です。文句ばかり言いながら生きてきた人は、文句ばかり言って亡くなります。感謝しながら生きてきた人は、感謝しながら亡くなっていきます。 「周囲に感謝しよう」という決断は一定の効力はあります。感謝力は「前向きな考え方」とは意味が少し違います。自分が置かれているどんな状況にも良い側面と良くない側面があり、前向きには良い側面だけを見るという利己的な意味を含みます。しかし、「感謝力」は良くない側面も含めて受け入れ、周囲との関係性にも思いが及びます。幸福感のある人は、感謝力にたけた人だろうと思います。聖マリアのモットーである、「ひまわりのような明るさを身につけよう。」は感謝力から生まれると思います。
このお話の最後に、聖マリヤの学舎で中学生としての課程を修了する皆さんに、灰谷健次郎さんの言葉をはなむけとしてお届けしましょう。「人は誰しも、ものを学んで変わることができる。あなたも。わたしも。」
感謝の内に。
感謝の内に。