今朝のNHKのこころの時代~宗教・人生は、「“心のつながる空間”を求めて」というテーマで、建築家の安藤忠雄さんが出演しておられました。世界的建築家・安藤忠雄さんは宗教建築を「建築家の夢」として取り組まれています。「心を感じ、我々を生かしてくれている大きな力を感じるところにしたい」思いで一つ一つの建築を手がけておられます。お話の中で、「お寺や教会はそれがあるから周りの人間たちが安心できるような存在だ」と言っておられるのが印象的でした。
 そういえば先日お会いした病院の副院長さんも「私どもは日頃神とは無縁の生活をしていますが、結婚するとなると、何故か教会でやりたいという気分になります」といっておられました。その方は布池教会が予約で一杯だったので南山教会で挙式されたとのことでした。
 今結婚講座をお受けになっている方もお二人とも岐阜の勤務医で忙しい中、布池教会で結婚式をするために通ってこられています。
 安藤さんが番組の中で引用したサムエル・ウルマンの「青春」という詩は安藤さん自身の姿勢を象徴するような詩でした。
 青 春  
-サムエル・ウルマン-

青春とは人生のある期間ではなく、心の持ちかたをいう。
薔薇の面差し、紅の唇、しなやかな肢体ではなく、
たくましい意志、ゆたかな想像力、炎える情熱をさす。
青春とは人生の深い泉の清新さをいう。

青春とは怯懦を退ける勇気、安易を振り捨てる冒険心を意味する。
ときには、20歳の青年よりも60歳の人に青春がある。
年を重ねただけで人は老いない。理想を失うとき初めて老いる。

歳月は皮膚にしわを増すが、熱情を失えば心はしぼむ。
苦悩・恐怖・失望により気力は地に這い、精神は芥になる。

60歳であろうと16歳であろうと人の胸には、脅威に魅かれる心、
おさな児のような未知への探求心、人生への興味の歓喜がある。
君にも吾にも見えざる駅逓が心にある。
人から神から美・希望・喜悦・勇気・力の霊感を受ける限り君は若い。

霊感が絶え、精神が皮肉の雪におおわれ、悲歎の氷にとざされるとき、
20歳であろうと人は老いる。頭を高くあげ希望の波をとらえる限り、
80歳であろうと人は青春にして已む
「『青春』という名の詩」より
宇野 収・作山宗久 訳著

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