つくりものにいかにして実在感、リアリティをもたせるか。
多くの作り手が取り組む課題だが真面目一徹だけではつとまらないのがものづくりの難しいところ。
だから、コテコテベタベタのエキセントリック演技も、観客を圧倒する名演として観客の脳裏に残る例もある。急いで言うがダニエル・デイ=ルイスが下手だというわけではない。
映画ってもともとモノクロサイレント期に表現媒体としての一頂点は極めていた。
オールドファンの先輩から聞いたハナシ。
で、本作はサイレントではじまる。音楽は不協和音。嫌なら出てけってことか?
実際のところドラマはまったくもって不協和音だ。不協和音を美しく聞かせようとする武満徹的戦略があるはずだと最後までつきあったら…あった。そんな構成だ。
主人公が富への飽くなき欲望を云々と言うが、巨万の富を何に使ったのか、当然己が自身の幸福追求なのだろう。宗教なんざ銭儲けの手段だし(化かし合いの妙はオモシロイ)。息子は本当に自分の子ではないのかも説明不足(なのか割愛したのかも不明)。成功したダニエルの目の前にひょっこり現れる、弟と名乗る男を受け入れるから、情愛を欲していないわけでもない。
ただ、圧倒されっぱなしの観客が多かったが、うーん。
結論、このオヤジ、やっぱりインポテンツだよ。

理解が短絡的だ。不十分だろ。
キリスト教の幸福観「人々に憎まれるとき、また、人の子のために追い出され、ののしられ、汚名を着せられるとき、あなたがたは幸いである。その日には、喜び踊りなさい。天には大きな報いがある。この人々の先祖も、預言者たちに同じことをしたのである。」
そして「すべての人にほめられるとき、あなたがたは不幸である。この人々の先祖も、偽預言者たちに同じことをしたのである(ルカによる福音書より)」とある。小生の如き天の邪鬼が一読すると「何と曲解されやすく利用されやすい節だろう」と思うし、悪人正機をも考えてしまう。
でも、まんま読めば、最後、ダニエルがイーライにたいしておこなう仕打ちに筋が通る。本作は曲解の産物ではない。ちゃんとした映像物語だ。
唯物論者である友人から叱られるだろうが、あえて転載した。
最後のセリフだが、終わって幸せかい?

カッコつけついでにもうひとつ。
「ノーカントリー」といい、アメリカが崖っぷちだってのはわかるけど、またぞろ新宗教やなんかがでてくる気がしてしかたがない。根拠はないが。