先週、北海道に住む友人から「帰省したよ」と連絡がありました。  

私は令和の米騒動の少し前に彼と会っていましたが、妻が“三馬鹿トリオ”と呼ぶメンバーが3人揃うのは、実に5年ぶりです。  

コロナや仕事など、いろいろな事情が重なり、なかなか3人集まる機会がありませんでした。

今回は、北海道の友人が私の住む街に戻ってくるタイミングで、もう一人のS市の友人も合流し、久しぶりに3人で集まることになりました。  

ただ、私は難病の治療の関係で外食を控えており、北海道の友人も前回会った直後に脳梗塞を経験しています。幸い大事には至りませんでしたが、無理はできません。  

そこで、街中の飲食店ではなく、ホテルの部屋で静かに集まる“部屋飲み”スタイルにすることを提案しました。

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実はこの再会の前日、迂闊にも私は帯状疱疹ワクチンの2回目を接種していました。  

1回目は大したことがなかったので油断していました。今回は軽い頭痛と接種部位が赤く腫れ、腕がズキズキ痛みました。  

「71歳の体にワクチン2回目は堪えるのかな…」と、痛む腕を労りつつ準備を進めました。  

三馬鹿トリオの再会に、まさかワクチンが伏兵として登場するとは思いませんでした。

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会場に選んだのは、コロナ禍前後にできたばかりの新しいホテルです。  

自宅から近く、一度コロナ騒ぎがピークの頃、妻の職場でコロナが蔓延し、感染回避の為、コロナ割引きで安く宿泊した事がありました。  

1階には部屋までデリバリーできるイタリアンがあり、静かで落ち着いた雰囲気です。  

S市(高速で1時間ほど)の友人にはこの

日、車を走らせてもらい、そのまま宿泊してもらうことにしました。  

彼の負担を考慮して宿泊費は3人で割り勘にしました。

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当日は、ディスポの食器やアルコール類など、必要なものはすべて私が持ち込みました。  

外食できない事情もあり、メニュー選びには少し悩みましたが、事前に希望を聞きながら準備しました。  

「お前に任す」と言われるのは一見ラクそうですが、実は一番気を遣います。  

それでも、持ち込んだイタリアンや赤ワインも好評で、胸をなでおろしました。

ただワクチンで痛む腕をかばいながら荷物を運ぶのは想定外だったです。

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3人で部屋に集まり、気づけば5時間が経っていました。  

病気の話から近況、昔話、仕事、政治、経済、果ては女性天皇の話まで、話題はあちこちに飛びました。  三人三様の意見ですが、それでも誰も怒らず、喧嘩にもなりません。  

学生時代に馬鹿をし合った仲間というのは、立場も肩書きも関係なく、ただ素のままでいられるものです。

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71歳にもなると、気持ちがどうしても“年寄り”に寄ってしまうものですが、友人たちは不思議と老け込んでいません。  

病気を抱えていても、気持ちが若いのです。  

友人達は「あと元気なのは10年くらいだから、やり残しがないようにしよう」と笑っていました。  

その言葉に、私は思わず「若いな」と感心しました。  

71歳で“残り10年でフィーバー計画”を立てる人は、そう多くありません。

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夜11時前、すっかり出来上がった友人たちは「ラーメン食いに行こう」と言い出しました。  

学生時代から変わらない“締めのラーメン”です。  

私は外食を避けてることもあり、3人で家まで送ってもらい別れましたが、2人は昔の記憶を頼りに繁華街へ消えていきました。  

離れて暮らしていても、酔った身体でもちゃんと道を覚えているのだから認知症は大丈夫です。

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S市の友人は酔い始めてからしつこく言っていました。  

「今度は北海道で会おう。生きてるうちにさ」

明日のことすら分からない年齢になりました。  

それでも、こうしてまた顔を合わせて笑い合えたことが、何より嬉しかったです。  

次に会えるかどうかは分かりません。  

けれど、また会いたいと思える相手がいるというだけで、心のどこかが少し軽くなります。

72歳の久しぶりの夜は、静かで、温かくて、少し切なくて、そしてとても良い時間でした。