なぜコロナ感染者が減ったのかそのわけもわからず、海外からの入国者の制限をゆるめたり、会食人数の制限を増やしたりしてるけど、これホントに大丈夫?
またGOTOをやれやれと言ってる人もいるけど、18歳以下の給付金やGOTOってどう考えても愚策だと思うけど、これを考えた人って誰かに忖度してるのかホントに頭が悪いのか???
しかも来年の二月ごろにGOTOって…第6派が来るって言われてるのに、また感染者が増えて国がキャンセル料の肩代わりする羽目になるんじゃないの~。
一部の人だけを救済する政策、ホントにやめてほしい。
ということで、今日の私のブログは今から一カ月ほど前の石清水八幡宮のつづきです。
山頂にあるのは平安時代に創建された石清水八幡宮。
本殿は内殿と外殿からなっていて、どちらも1634年徳川家光によって再建され、国宝に指定されています。
ご神木は楠。
楠木正成が1334年井必勝を祈願し奉納した楠だと伝えられていて、樹齢は約700年。
京都府の天然記念物に指定されています。
校倉(宝蔵)は京都府指定有形文化。
江戸時代中期の再建だそう。
こちらは若宮社。
祭神は仁徳天皇で男性の守護神とされています。
そしてこちらは若宮殿社。
祭神は応神天皇の皇女で、こちらは女性の守護神とされています。
若宮社、若宮殿社ともに重要文化財です。
ここは石清水八幡宮の鬼門封じ。
ちょっとへこんでいます。
この木はおがたまの木。
一円玉に描かれている木です。
この木の実はこんな形。
この実の形から神楽鈴が作られたという説もあるそうです。
普段は閉め切られている東の総門を開けてくださいました。
江戸時代の再建で、こちらも重要文化財。
この階段は現在は通れないようになっていました。
石清水八幡宮の絵馬は牛さんとエジソン。
南総門をぬけると
まっすぐな参道。
参道を外れた場所にあるのはボーイスカウト像。
なんでこんな所に?と思ったら、神社の中にボーイスカウト京都連盟の事務所があるらしい。
こちらはエジソン記念碑。
これも何でエジソン?と思ったら、八幡の竹を使っての白熱電球の長時間点灯、実用化に成功した世界の発明王エジソンとのゆかりにより建立されたそう。
記念碑のそばには行けませんが、猫が休憩中でした。
ちょっとのどが渇いたので石翠亭という休憩所でソフトクリームをいただきます。
お酒のソフトクリームと
お店のおじさんおススメの栗のソフトクリーム。
ぽんぽんさんとシェアしていただきましたが、私はお酒の方が好きだった。
参道に戻って、こちらは書院石庭。
1952年、重森三玲作の枯山水です。
こちらは永仁の石灯籠。
鎌倉時代の石灯籠でこの神社で一番古いものだそうで、これも重要文化財です。
これは一つ石と言って走馬・競馬の出発点とされ、勝負石とも呼ばれる勝運の石。
お百度参りの地点ともされているそう。
この後、表参道を下っていくのですが、この参道が思っていたより長い上に人がいない。
だんだん日も暮れてきてちょっと心細くなった所にあるのが松花堂跡。
松花堂は、1637年に昭乗(後の松花堂昭乗)によって泉坊の一角に建てられた草庵でした。
松花堂弁当の名前の由来にもなっています。
ちゃんと間取りがわかるようになっています。
実はここ、なかなか見つからず(わかりにくい場所だった)、たまたま近くで作業をしていたお兄さんに教えてもらいました。
そのお兄さんに教えてもらった当時の井戸の跡。
ここから水を汲んでお茶をたてていたんでしょうね。
そこからどんどん参道を下っていくと、普通の道に出て来ました。
行きはケーブルカーで上った石清水八幡宮ですが、結局帰りは徒歩で下ってきました。
この辺り、ちょっと良い雰囲気の街並みです。
この橋は安居橋。
下に流れるのは放生川。
そこからてくてく歩くと…石清水八幡宮の一の鳥居です。
石清水八幡宮は、この鳥居から入って、いくつかの山上まで社にお参りしながら山上まで上ることもできます。
ケーブルカーができるまではみんなそうやってお参りしてきたんですよね。
鳥居近くに美味しそうな和菓子屋さん発見。
創業250年余の老舗です。
ここで有名なのが走井餅。
こし餡を柔らかい羽二重餅で包んだお餅で、平安時代の刀鍛冶・三條小鍛冶宗近の故事にちなみ、刀剣を模した形をしているそうです。
これほんとに美味しかったなぁ。
ということで、帰りも京阪電車に乗って帰ります。
石清水八幡宮駅の前ではエジソンさんがお見送りしてくれました。











































































































