暑いのか寒いのかよくわからない気候ですが、さすがにもうセーターは着ないかなと思ってお洗濯。
この中途半端な気候と花粉でなんか身体がだるくて何もする気がおきない。
何もしなくても一日は過ぎて行って、毎日「今日は何もしなかったなぁ」と思いながらベッドに入る毎日です。
う~ん、ダメじゃんワタシ![]()
そんな私の今日のブログは2月の近江八幡のつづきです。
西川甚五郎本店史料館のすぐ近くにはメンターム資料館があります。
メンタームの会社は近江兄弟社。
1920年創業で、創業者はウィリアム・メレル・ヴォーリズ氏です。
メンターム…私たちにとってはメンソレタームといった方がわかりやすいかもですが、メンソレータムは、アメリカ合衆国のメンソレータム社の製品で同社の創始者アルバート・アレキサンダー・ハイドとヴォーリズの出会いが縁で日本での販売権が与えられたそうです。
昔はナースの絵柄のメンソレタームでしたが1974年に経営破綻し、メンソレタームはロート製薬に製造販売権が移り、現在は近江兄弟社の製品はメンタームという名前で販売されています。
この資料館にはそんな昔の商品やパッケージが展示されています。
お店の前の飛び出し坊やもメンタームを持っています。
近江八幡の町をてくてくしますが、この辺りの施設閉まるのが早い。
この時期はお雛様の展示などが行われているはずですが、どこも閉まってた。
前に来た時も時間がなくて全部回れなかったし…いつかまたゆっくり近江八幡の町を歩いてみたいと思います。
このあたりは東国から京都へ通じる道。
朝鮮通信使が江戸に向かう道にもなっていて、朝鮮人街道と呼ばれていたそうです。
そこから少し歩くと ヴォーリズが率いる建築設計事務所が手掛けた洋風建築が並ぶ一画があります。
この建物は1920年に建てられたダブルハウス。
二世帯住宅だそう。
ウィリアム・メレル・ヴォーリズは1905年にキリスト教の伝道を目的に現在の八幡商業高校に英語教師として来日し、その後建築家として建築活動を展開していったそうで、近江兄弟社を作ったり学校を作ったり、ヴォーリズさんめちゃ多才。
この住宅街はヴォーリズが大正時代に手がけた初期の作品。
その後、山の上ホテルや大丸心斎橋店などヴォーリズが手掛けた建物は全国に約1600もあるそうで、京都にも大丸ヴィラや大丸京都店、東華菜館などがヴォーリズの建築物です。
ちなみにヴォーリズさんは日本人と結婚して、その後近江八幡で亡くなったそうです。
この住宅街のすぐ近くにあるのは近江八幡市立八幡小学校。
ここは朝ドラ「ばけばけ」でヘブンさんが英語教師をする松江中学校のロケ地だったそうです。
ポストもレトロで町にマッチしてます。
って、駄洒落じゃないよ。
そのあとは近江八幡からJRで京都に戻って…クラフトビールで乾杯。
このお店は食べ物がいまいちだったので場所を変えてトリキに移動。
そしてまた乾杯。
おなじみのメニューでごちそうさまでした。
近江八幡…近場だけど、そう行くこともないところなのでお土産も購入。
ぜんぶ自分用です。

























