最近あまりテレビを見なくなりました。

だって夜はスポーツ中継ばかりだし、昼間は昼間でワイドショーはジャニーズ問題ばかり。

こんなのマジで見たい人いる???

世界では最近あちこちで大きな地震が起こってるし、ニューヨークでは洪水が。

私はこっちの方が気になるんですけど。

テレビ離れが言われてる昨今ですが、こんな番組ばかりじゃそりゃぁ視聴者は離れて行くわなぁ。

 

そんな私の今日のブログは5月の会津若松間旅行の続きです。

 

次にやってきたのは飯盛山。

標高314mの山で、白虎隊十九士自刃の地としても知られています。

 

 

 

頂上までは183段の階段。

 

 

 

この時期膝がまだ完治していなかったので、私は階段ではなくスロープコンベアで上ります。

 

 

 

これ、エスカレーターかと思いきや動く坂道。

ちゃんと手すりを持っていないと下がっていきそうで結構怖い。

 

 

 

コンベアの横は階段。

一部の元気な人は階段を行きましたがほとんどの方はコンベアで。

有料ですが。

 

 

 

頂上では白虎隊の格好をしたお姉さんが案内をしてくれます。

 

 

 

これはローマ市寄贈の碑。

ムッソリーニが白虎隊のエピソードに感動し1928年に贈られた記念碑だそうでポンペイ遺跡から発掘された本物の石柱が使われています

 

 

 

上部にはローマ軍の象徴である青銅の鷲が立っています。

 

 

 

こちらはドイツ大使館に外交官として赴任したフォン・エッツ・ドルフ氏から1935年に寄贈された石碑。

みなさん白虎隊に感銘を受けたようです。

 

 

 

お姉さんが白虎隊の踊りを披露してくれました。

白虎隊は戊辰戦争会津藩が年齢別に編成した四部隊の一つで、最も若い17歳から19歳の会津藩士の子息によって構成さたそうで、本来は実際の戦闘に出る予定はなく、主に警護の為の予備隊という位置づけだったそう。

でも戊辰戦争が始まり戦場が会津に移ることで、戦火の中に身を投じることとなります。

 

 

 

結局、会津藩は劣勢になり多くの仲間が戦いの中で亡くなっていき、何人かがこの飯盛山に落ち延びましたが、若松城(鶴ケ崎城)が燃えるのを見て、ここで自刃したんだそう。

そんな白虎隊十九士のお墓もここにあります。

 

 

 

山頂からの眺めはこんな感じ。

 

 

 

お城も見えます。(ズームしています)

 

 

 

昨日泊まったホテルも見えました。

 

 

 

山の中腹にはさざえ堂なるものが。

 

 

 

会津さざえ堂は1796年に建立されたお堂で、正式名称は円通三匝堂。

高さ16.5mの六角三層の建物です。

 

 

 

かつて飯盛山には正宗寺という寺院があり、その住職であった郁堂和尚が寛政考案したと伝えられています。

 

 

 

中は二重螺旋構造になっていて、のぼりもくだりも一度も人とすれ違わない一本道です。

ちなみに堂内は仏教の礼法「右繞三匝」に基づき、上りに一周半、下りに一周半し、合計三回転する構造になっています。

 

 

 

中にはお札がいっぱい。

かつては2重螺旋のスロープに沿って西国三十三観音像が安置され、参拝者はこのお堂をお参りすることで三十三観音参りができるといわれていました。  

 

 

 

二重螺旋階段の建築物は他にもあるそうですが、スロープ状の建物はここだけだそうで、建築史上貴重な建築物として1995年に重要文化財に指定されました。

 

 

 

実は飯盛山は今回の観光コースには入っていませんでした。

でも前日が雨でちゃんと観光できなかったからか、バスの運転手さんと添乗員さんのご厚意でここに寄ってくださいました。

 

 

 

白虎隊のことも飯盛山のことも全く知らなかったので、ここに寄れてホントに良かったです。

運転手さん、添乗員さんありがとう!

 

 

 

お土産屋さんで買ったあわまんじゅう。

蒸したてをバスの中で食べながら次の目的地に向かいます。

つづきます。