遅ればせながら侍ジャパン、世界一おめでとうございます!
スポーツで唯一ルールがわかる野球。
何を隠そう高校時代ちょこっとだけ野球部のマネージャーをしていた私、中学時代はソフトボール部員でした。
学生時代は定岡、若いころは荒木大輔のファンで、特に贔屓の球団もなかったので定岡ファンの時は巨人、荒木ファンの時はヤクルトを応援していました。
そのうちに中学の同級生がダイエーホークスにいることを知って以来ホークスを応援していましたが、今は野球もほとんど見ることがなく選手もほとんど知りません。
今回のメンバーで唯一見たことのある選手はダルビッシュ、日ハム時代です。
そんなWBC、毎回ひやひやしながら見ていましたが、さすがにメキシコ戦ではあきらめの早い私は途中でチャンネルを変えてしまって…逆転勝利を速報で知りました。
ホントにどれも素晴らしい試合でした。
が、しかし、毎回毎回同じシーンを何度も流してああだこうだ言うテレビにはうんざり。
ニュース番組も他に大きなニュースがあるにもかかわらずWBCメイン。
これって野球に興味にない人にはほんとに苦痛なんじゃ?
野球好きの私でさえも「もうそのシーンさっきも見たし、この人の意見なんてどうでもいいから早く他の話題に移ってくれ!」と思ったほど。
サッカーの時もそうだったけど、このテレビ編成なんとかならないのかなぁ。
と長々語ってしまいましたが、そんな私の今日のブログは野球とは全く関係のない2月半ばのお寺巡りの話です。
青蓮院門跡を参拝した後に訪れたのは知恩院。
知恩院浄土宗の総本山の寺院で山号は華頂山。
御本尊は法然上人像および阿弥陀如来像。
詳名は華頂山知恩教院大谷寺というそうです。
ここで有名なのは鴬張りの廊下や
忘れ傘
大柄杓などですが(すべてお写真は某所から)
この日は京都冬の旅の特別拝観日で、普段は公開されていない重要文化財の大方丈やこちらも重要文化財の小方丈、方丈庭園を見学することができます
大方丈は1641年に徳川家光によって再建され、徳川将軍家御登嶺の際には座所として用いられました。
大方丈は「鶴の間」を中心に、「上段の間」、「中段の間」、「下段の間」や「菊の間」など12の部屋から成り、狩野派の金壁の襖絵で装飾されています。
こちら菊の間の襖絵で狩野信政が描いた「抜け雀」。
紅白の菊の上に数羽の雀が描かれていたのですが、あまり上手に描かれたので雀が生命を受けて飛び去ったといわれています。(お写真はお借りしました)
大方丈と小方丈は続いているので、係の人の説明を聞きながら移動します。
お写真はNGなのでこれらも某所から。
方丈庭園は江戸時代初期に小堀遠州と縁のある僧玉淵によって作庭されたと伝えられています。
庭園は池泉庭園で国の指定名勝。
ただこの時期のお庭は緑も花もなくてちょっと寂しい。
知恩院の境内はめちゃ広くて千姫のお墓まで行きたかったけど、時間が足りなりなくて隅から隅まで回れませんでした。
境内には山門から御影堂までシャトルバスもあるくらい。
来たときは青蓮院門跡から来たので、黒門という門をくぐってきましたが、本来は山門をくぐって男坂というこの階段を上ってくるらしい。
でも私はこの階段を降りるのは無理。
そんな人は横にあるなだらかな女坂を降ります。
山門は1621年、徳川秀忠公の命を受け建立されました。
母屋造本瓦葺で、高さ24m、横幅50m、「華頂山」の額の大きさは畳2畳以上あるそうです。
知恩院ははるか昔、福岡から京都観光に来た時に観光バスで訪れて以来、比較的行きやすい場所にあるのでいつでも行けると後回しになっていました。
でも広い境内まだまだまわり切っていないので、また観光客の減った時期にでも行きたいと思っています。


























