今日は土用の丑の日。
鰻の稚魚が例年より増えたということで、少し安くなるかも?と期待したけど、ぜんぜんでした~。
外国人観光客も減ってるし、この先少し期待できるかな???
そんな今日の私のブログは今から2カ月ほど前のお話。
5月も終りに近い日、やって来たのは嵯峨野にある常寂光寺。
1604年に建立された日蓮宗のお寺です。
山門は太い角材を格子に組んで造られていて、江戸後期に作り変えられたものなんだとか。
受付に猫ちゃん発見。
クロベエ君というそうです。
仁王門は、もとは本圀寺客殿の南門として建立されたもので、1616年にここに移築されたそうで、境内の建築物の中では最も古い時代の建物です。
仁王門像は、身の丈七尺、運慶の作と伝えられています。
本堂に向かう階段を少し外れて、わき道を上っているとこんな石碑が。
「小倉山 峰の紅葉(もみじば) 心あらば いまひとたびの御幸またなん」と書いてありあす。
これは「小倉百人一首」にも入っている貞信公(藤原忠平)の歌です。
この場所は藤原定家が「小倉百人一首」を編纂した地だと言われていて、こういう石碑もあります。(「小倉百人一首編纂之地」と書かれています)
ちなみにここ、その定家の山荘があった場所だという説があって、この石碑の裏には「藤原定家卿山荘跡」と書かれていました。(パチリがうまく映ってなくて
)
こちらのレリーフは砂田明の碑。
砂田明さんは新劇の俳優さんだそうで、65歳で亡くなったときに常寂光寺への納骨を機に、砂田明を敬愛する人々の手によりこの記念碑が建立されたんだそう。
こちらは女の碑。
「女ひとり生きここに平和を希う」と書かれています。
第二次世界大戦で多くの若者が犠牲になり、その人たちと結ばれるはずだった多くの女性が独身のまま生きてきて、この碑は戦争を二度と繰り返さないという願いにより、独身婦人連盟の会員が中心になり、1979年に建立されたそうです。
ということで、なんとか坂を上ってきました。
鐘楼は1642年建立。
梵鐘は第二次世界大戦中の金属供出により失われたため、現在の梵鐘は昭和48年に鋳造されたもの。
本堂は小早川秀秋の助力を得て、慶長年間桃山城客殿を移築したもの。
境内にある妙見堂は能勢妙見の分体という妙見菩薩が安置されています。
この妙見大菩薩は、慶長年間の保津川の洪水の際に上流から流れ着いた菩薩像を麓の角倉町の船頭が拾い上げ、長らく角倉町に祀られていたのを享和年間に常寂光寺に遷座したものなんだそう。
多宝塔です。
1620年建立で、高さ12m。
国の重要文化財です。
ここから上に上っていくと、良い眺め。
このお寺、小倉山のふもとにあって嵯峨野を一望できます。
京都タワーも見えます。
とういうことで、ズームイン。
藤原定家が小倉百人一首を編纂した小倉山の山荘跡とされる場所で、時雨亭跡。
常寂光寺は1596年に日蓮宗大本山本圀寺十六世日禎が隠棲の地として開いたとされています。
歌人でもある日禎に小倉山の麓のこの土地を寄進したのは角倉了以と角倉栄可なんだそう。
こちらは歌僊祠(かせんし)。
藤原定家と藤原家隆を祀る祠です。
現在の建物は、1994年平安遷都1200年記念事業にあわせて改築されたものなんだそう。
境内には竹林も。
境内の庭園には約200本の楓の木があり、ここは紅葉の名所でもあります。
常寂光寺は常寂光土に遊ぶような風情があるとこの名がつけられたそうです。
この日は閉まっていましたが、展示場。
ここは…船小屋かなぁ?
ここでちょっと休憩。
天井に船がありました。
常寂光寺、青もみじも綺麗ですが、今度はぜひ紅葉を見に行きたいと思います。
この日、ここを歩いていたのは私一人。
帰り際に女性が一人やってきましたが、ほぼ貸し切り状態でした。































