昨日は友達と京都駅周辺で食事。

 

 

このお櫃ご飯、だし茶漬けでも食べられてめちゃ美味しい。

そんな京都駅周辺、すでに春節休暇に入った人なのか、中国からの観光客がいつもより多かった気が。

 

 

ということで今日のブログは11月の仁和寺の続きです。

 

観音堂です。

仁和寺創建の40年後の928年に造営されたと伝えられ、以降何度かの火災に見舞われ現在の観音堂は1640年頃の再建だそう。

 

 

観音堂は和寺最大の法要である「伝法灌頂(密教における指導者としての位(阿闍梨)を授ける重要な儀式)」が執り行われる場所でもあり、普段は入ることができません。

 

 

しかし、2014年から6年にわたって半解体修理が行われ、再建当時の美しいお堂がよみがえったことを記念して、この秋特別公開されました。

(内部はお写真NGなのでお写真はHPやパンフレットからお借りしました)

 

 

ご本尊は千手観音菩薩立像、その両脇に不動明王と降三世明王、従属として二十八部衆などが祀られています。 

 

 

こちら風神。

 

 

そして雷神。

 

 

お坊さんのお話によると、千手千眼観世音菩薩は慈悲の仏で、千の目ですべての人を見守り、無数の手で皆を救ってくださるのだとか。

 

 

ちなみにこの千手観音像、実際は合掌している手を含めて手の数は42本。

両側に20本ずつで、この40本の手は1本が25本の意味を持つそうです。

ん?よく見ると、千手観音像の手に紐が。

 

 

この紐は千手紐といって、お外の紐とつながっていています。

これで千手観音様と握手してるような感じになるんだとか。

 

 

観音堂の内陣には、須弥壇に安置された本尊千手観音立像を囲むように障壁画が描かれています。

観音堂が建立された当時に活躍した木村徳応という仏師が手がけたもので、三十三観音菩薩や、人が死後に向かうとされる六道(地獄道、餓鬼道、畜生道、修羅道、人間道、天上道)が描かれています。

 

 

この障壁画、ほとんどが当時のままなんだそう。

 

 

今まで一度も公開していなかったので、外光にさらされることがなかった為、こんなにきれいに色が残っているんだそう。

 

 

この絵も、373年前に描かれたそのまんま。

 

 

この辺りの絵は「観音経」というお経を絵で表したものなんだとか。

 

 

どこまででも救い上げに行くという、手が伸びてる観音様や

 

 

落ちた人を下から受け止めてくれる観音様など、いろんなお姿の観音様の絵があります。

 

 

こちらは六道を描いた障壁画。

 

 

地獄かな?

 

 

実はこの障壁画が気に入って、後日、また観に行っちゃいました。

お坊さんのお話も面白かったしね。

 

 

さて、お外に出て、ようやくお参り。

仁和寺の金堂は1613年造営の御所内裏紫宸殿を移築した物で、阿弥陀三尊を安置しています。

 

 

鐘楼は1641年から45年に造営されたもので重要文化財にも指定されています。

 

 

こちらは御影堂。

1211年の創建ですが、今の建物は京都御所の清涼殿の材料で再建されたものだそう。

何故かここはやたら外国人観光客が多かった。

 

 

このあと霊宝殿を見学し、帰り際に見かけたお坊さんの行列。

何かのおつとめかな?

 

 

仁和寺は春の桜の頃が一番だと思っていましたが、紅葉も綺麗だったことを初めて知りました。

こんな近場にこんないい紅葉スポットがあったなんて、今年もまた行かなくっちゃ。