某国からの観光客が減ったとはいえ、あいかわらず外国人観光客の多い京都。

最近は欧米諸国の観光客に交じってヒスパニック系の方やイスラム系の旅行客が増えています。

でも昨日は烏丸通をぶらぶらしていたら、やたらガタイのいい男性の外国人観光客をよく見かけまいた。

もしかしてラグビー関係かなぁ?

ラグビーよくわからないんだけど、関西でも試合やってましたよね?

 

そんな私のブログは先月のバス旅行のつづきです。

 

次の目的地、歴史ある街並みは篠山でした。

まず向かったのは篠山城址。

 

 

篠山城は関ヶ原の合戦に勝利した徳川家康が、1609年に豊臣氏の居城である大坂城の包囲と、豊臣家ゆかりの西日本の諸大名を迎える拠点とするため篠山盆地に築かれたお城でした。

 

 

初代城主は家康の実子松平康重。

以降松平三家8代と青山6代に引き継がれ、明治維新以降、大書院だけが残され城内のほとんどの建物が取り壊されたんだとか。

 

 

ということで、大書院の中へ入ってみます。

ちなみに1609年に建てられた大書院は昭和19年に焼失。

現在の建物は平成12年に再建されたものです。

 

 

篠山城はかなりの突貫工事でわずか1年足らずで完成したそうで、天守閣は家康の命で築かれていません。

 

 

この時は手作りの甲冑が展示されていました。

 

 

これは明智光秀の甲冑。

桔梗紋前立兜と書かれています。

 

 

それぞれのお部屋にはそれぞれの展示物。

 

 

大書院でもっとも格式の高いお部屋。

 

 

障壁画は江戸時代初期の狩野派の絵師が描いた屏風絵を転用しているそうです。

 

 

大書院から見える二の丸御殿跡。

 

 

 

気が付けば一緒にここに入った同じツアーの方の姿が見えない。

お写真パチリしてる間にみなさんバラバラになってしまったみたい。

お一人様ツアーはこうやって自分のペースで観光できるのも良いところ。

 

 

ということで、大書院の全景。

 

 

床面積739.33平方メートル、棟高は12.88メートルで屋根は入母屋造り、こけら葺きとなっています。

 

 

この辺りに本丸があったそう。

 

 

本丸のあった場所には青山神社がありました。

1871年に篠山城が廃城となり、1882年に藩主だった青山家の御霊を祀る神社として創建されたそうです。

 

 

この辺りは二の丸。

 

 

天守台に登ってみました。

 

 

近くの小学校では運動会の練習中。

 

 

今も城跡を外堀が守っています。

 

 

このあたり、今年5月に篠山市から丹波篠山市に名前が変わりました。

 

 

2004年に丹波市という名前の都市ができて混同されやすくなったそうで、改名を希望する市民も多く、住民投票や市長選を経て、めでたく「丹波篠山市」になったんだそう。

確かに丹波の黒豆とか丹波栗とか丹波がついてるけど、篠山の特産物ですからね。

つづきます。