昨日はNHK大阪放送局にこれを見に行って、そこから天神橋商店街を往復して、久しぶりに2万歩近く歩いたら夜中に足がつった~。
年をとってもしっかり自分の足で歩きたいと思うけど、年々足腰が弱ってる感が否めない。
やっぱりちゃんと筋力つけとかないとなぁ。
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そんな私のブログは…まだ去年の12月。
 
12月ある日、この日はぽんぽんさんとバス一日乗車券を使ってお出かけです。
まずは堀川通の一条戻橋晴明神社前で下車。
まだ紅葉が残っています。
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ということでやってきたのは晴明神社。
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まずは一の鳥居でパチリ。
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ここに来るのは三度目ですが、この日は境内整備中で晴明井の前に近づけません。
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厄除け桃もなでなでできない。
私たちはいつでも行けるけど、初めて来た観光客の方がちょっと気の毒でした。
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晴明神社は1007年創建、平安時代中期の天文学者である安倍晴明公を祀りする神社です。
神社のあるこの場所は晴明公の屋敷跡で、当時の神社はすごく広大な土地を有していたそう。
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一条戻橋は堀川にかかる橋ですが、先代の橋で使われていた欄干の親柱を境内に移し、昔の風情をそのままに一條戻橋が再現されています。
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鳥居の後ろに見えるのは日月柱。
この石柱は、かつて四神門の門柱として使われていたものなんだそう。
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こちらは月。
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そして日。
南に「日」、北に「月」を配し陰陽を表しています。
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ちなみにこの辺りには千利休の屋敷があったとされ、境内の晴明井の水は、利休が使ったといわれています。
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この時期は紅葉もきれいです。
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お馴染みもみじのベッドもできちゃいます。
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晴明神社の先にあるのは西陣織会館。
その昔、京都の観光バスに乗ったとき、ここで着物ショーを見た記憶が。
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ここでは陣織の紹介や史料が展示されていて
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養蚕の様子や
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機織りの様子などを見学することができます。
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建物の前には西陣の石碑と村雲御所跡の石碑が。
この場所は、瑞竜院日秀が豊臣秀吉に追放され自害した豊臣秀次を追善するため建立した瑞龍寺の跡なんだそう。
当時この辺りは「村雲」と称され、宮家や摂関家からの入寺があったため村雲御所と呼ばれていたんだそう。
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つづきます。