今週は間にお休みがあるので、ちょっと楽♪
まあ欲を言えば水曜日がお休みの方が良かったけど。
 
ということで、10月10日の京都ぶらぶらの続きです。
 
くぎ抜き地蔵を出て、またまた千本通りを北上して引接寺(いんじょうじ)千本えんま堂に到着。
ちなみに千本通りは一部平安京の朱雀大路に当たります。
引接寺の開基は小野篁で、朱雀大路頭に閻魔法王を安置したことに始まります。
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小野篁は、あの世とこの世を往来する神通力を持っていて、昼は宮中に、夜は閻魔之廟に仕えたと伝えられている人物で、六道珍皇寺の井戸がその入口と出口だったとか。
六道珍皇寺についてはこちら ↓
ということで、鐘の上には閻魔様の湯呑みが。
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ここは普賢象(ふげんぞう) 桜が有名らしいけど、今は秋。
今度は春に来てみないとね。
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この辺りはその昔、「蓮台野(れんだいの)」と呼ばれ、平安京の三大風葬地のひとつだったそうです。
そこで小野篁は、この風葬地の入口に自ら刻んだ閻魔法王を祠を建てて安置し、死者の魂を弔ったといわれています。
死者の魂をお送りして塔婆供養と迎え鐘を用いて先祖の魂を再びこの世に迎えて供養したそうで、現在でもこの風習はお盆の「お精霊迎え」として残っています。
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こちらにあるのが重要文化財の紫式部供養塔。
紫式部があの世で不遇な姿をしてたため、成仏を願って建てられたと伝えられているそうです。
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ここの紫式部さん、ちょっとふっくらしています。
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このお花は…確か酔芙蓉だったかな?
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ということで今度は千本通りを南下します。
ちなみに千本通りは北は北区鷹峯から南は伏見区納所町の旧京阪国道納所交差点まで延びている道ですが、途中梅小路公園で中断します。
二条通りから南は平安京の朱雀大路に当たります。
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ちょっと曲がったところにあるのが千本釈迦堂。
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千本釈迦堂は1227年藤原秀衡の孫と伝える義空上人よって創建された、真言宗智山派のお寺です。
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大きなきんもくせいがお出迎え。
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えんま堂はあまり人がいなかったけど、ここではけっこう観光客を見かけました。
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この本堂は応仁文明の乱などの度重なる災害にも焼けることなく1227年の創建時のままで、京都市内では最古の仏堂建築物です。
中にも重要文化財の釈迦如来坐像などがあるそうですが、この日は外からパチリだけ。
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ここで有名なのがこのおかめさんの像。
おかめさんはこのお寺の本堂を建てた大工の棟梁の奥さん。
棟梁がこの本堂を建てる際、柱の寸法を間違えたものの、おかめさんの助言で無事本堂が完成。
でも「女のアドバイスで棟梁が仕事を完成させたことを知られてはいけない」とおかめさんは本堂の上棟式を待たずに自害。
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棟梁は上棟の日、妻おかめの冥福とお堂の無事を祈っておかめの面を御幣につけて飾ったと言われているそうです。
この話を伝え聞いた人々が、おかめさんの菩提を弔うために大報恩寺の境内に「おかめ塚」を建てたそう。
この言い伝えから、大工の信仰を集め今日でも上棟式にはお多福の面を着けた御幣が飾られるようになったそうです。
でも別に自害しなくてもただ黙ってればそれで良かったと思うんだけど…なんか切ないね。
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ここにもぼけ封じ観音が。
ここも真剣にお参りします。 
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つづきます。