丸太町通りを渡ってたどり着いたのは新島旧邸。
同志社の創立者、新島襄と妻・八重の私邸です。
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1878年に竣工した木造2階建て。
1985年、京都市指定有形文化財に指定されています。
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お家に入る前にちょっと休憩。
八重さんも食べたという(ホントかぁ?)桜あんぱんにジンジャーブレッド。
このジンジャーブレッド美味しかったな~。
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八重さんの遍歴。
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いや、この八重さん可愛すぎだろ~。
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ということでお家の中に入ります。
まずはお台所。
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お水はやっぱり井戸からなのね。
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なんでも新島襄氏、石を集める趣味があったそうで、棚の中はぜ~んぶ石。
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応接間に…。
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書斎。
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ちなみにこのお家はボストンの友人J. M. シアーズの寄付によって建てられたそうです。
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二階は立ち入り禁止です。
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食堂です。
一応お手伝いさんもいたそうですが、離れには新島氏の両親も住んでいたそう。
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トイレです。
これって洋式??
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お風呂はやっぱり今と違って入りにくそう。
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ちなみに夫婦がここで一緒に暮らしたのは10年くらいだそうで、襄さんが亡くなった後は八重さんはここでずーっと暮らしたそうです。
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実は私「八重の桜」を見ていないのでよく知らなかったんですが、八重さんは86歳と長生されたそうですが、新島襄氏は46歳で亡くなってるので、八重さん結構独り身が長いです。
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