竜馬通り商店街をぶらぶらします。
この商店街、実は伏見桃山城があった時代に、中書島の遊郭で働く遊女たちに着物や日常品を売るためにできたのがはじまりなんだそう。
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でも今や竜馬にちなんだ街となっています。
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ということで寺田屋に到着。
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1866年に、坂本龍馬襲撃事件の起こった所です。
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入場料400円を払って中に入ります。
ちなみにここ、入場受付終了が15時40分と早い。
なぜならこの後、ここに泊まりに来る人がチェックインするからですね。
宿泊料は素泊まりで6500円だそうです。
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階段を上って二階に上がります。
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この日は観光客も少なく、お写真撮り放題。
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寺田屋は、大阪と京都の通船「三十石船」の京都側の発着地のひとつ南浜に「寺田屋浜」という船着き場を持つ船宿だったそう。(パンフレットより)
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お部屋は梅の間、竹の間、松の間という名前がついています。
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でも私はこういう所に泊まるのは苦手><
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龍馬の部屋と書かれたお部屋へ。
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龍馬はこの宿を定宿としていて、1866年1月23日幕吏の襲撃を受けた時もこのお部屋に泊まっていたんだそう。
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ということで弾痕や
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刀痕も残っています。
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襲撃の時に、おりょうさんが急を知らせるために駆け上がった裏階段。
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そのすぐ横にはおりょうさんが入浴していたお風呂。
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ここは寺田屋の女将お登勢さんのお部屋。
実はここである事実に直面します。
寺田屋は1868年の鳥羽伏見の戦で、焼失したんだそう。
なのでこの建物はその後、明治時代に再建されたものなんだそうです。
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え~、だったらあの弾痕や刀痕ってなんなの~??
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とまあ、深く考えずにお庭に出てみました。
これは椿かな??
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真横から見た寺田屋さん。
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龍馬の碑。
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この龍馬さん、ちょっと小さい。
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実は本当の寺田屋はこのお庭のある場所に建っていたそうで、ちょっと今の場所とずれています。
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なので前にはちゃんと史跡寺田屋の書かれた石碑が。
ちなみに襲撃にあった龍馬さんはけっこう深い傷をおっていて、しばらく伏見薩摩藩邸に滞在し、約1ヶ月後に西郷隆盛らとともに鹿児島へ向かい、龍馬とおりょうさんは傷の治療をかねて霧島温泉に向かったんだそう。
そういえば霧島温泉に二人の銅像があったっけ。
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