メスキータです。
後ウマイヤ朝時代の785年に、アブド・アッラフマーン1世により建設が始められた建物です。

後ウマイヤ朝時代の785年に、アブド・アッラフマーン1世により建設が始められた建物です。

10世紀まで拡張が続き、当時は2万5000人を収容できるモスクだったそうです。
ちなみにこの2重アーチは赤いレンガと白の石灰岩を交互に楔状に配した構成となっていて、リダにあるローマの水道橋を参考にしたそうです。

その後レコンキスタによるキリスト勢力によってメスキータの一部は壊され、キリスト教会に改築されたそうで、同じ建物の中にイスラム教とキリスト教の祭壇が隣り合わせという不思議な感じになっています。

ミナレットというわれる塔です。
ここで礼拝時刻の告知が行われていたそうです。
ちなみにイスラム教時代はこの庭には月桂樹などが植えられていましたが、レコンキスタ以降はオレンジの樹に植え替えられたそうです。

ちなみにこの2重アーチは赤いレンガと白の石灰岩を交互に楔状に配した構成となっていて、リダにあるローマの水道橋を参考にしたそうです。


ここで礼拝時刻の告知が行われていたそうです。
ちなみにイスラム教時代はこの庭には月桂樹などが植えられていましたが、レコンキスタ以降はオレンジの樹に植え替えられたそうです。
