日本で生産しているメーカーの商品は売れない。
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企業の収入が減る。
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雇用者に対する賃金を減らすしかない。
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賃金を減らす。
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それでも、収入の減少に追いつかない。
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雇用者を減らす。(リストラの増加&採用者の減少)
という現象が起きる。
採用者の減少は二つの視点が必要だ。
(1)単純作業は人件費の安い中国人、東南アジアの人に占領される。
これは企業の経営が苦しいから、いかにコストを削減するかを考えたら当然起きる。
(2)採用者は単純作業とは到底呼べない、高度なレベルの仕事をこなせる人に限る。
単純作業は外国人にまかせて、企業のBrain(脳)となる人しか必要としなくなる。
この現象ははっきり言って、避けることができない。
しかも、あと20年30年の話じゃなくて、現に今起こっている。
俺は早稲田大学の4年生だってことを自己紹介に書いたけど、
俺の周りにも就職口がなくて、暗い顔をしている人がたくさんいる。
じゃあ、これから大学受験をしようとしているみんなが、大学で何をしなければいけないのか。
勘のいい人はすでにわかっているかもしれない。
そう。「有能な人材にならなければいけない」ってことだ。
「有能な人材」=「社会が求める人材」=「社会に貢献できる能力をもつ人」だ。
だから、大学に行ってそういう人間にならなきゃいけない。
「~しなきゃいけない」っていう言い方は義務的な感じがして嫌だから、ここで逆転の発想。
「大学に行ってそういう人間になれば、充実した人生になる」
中卒、高卒ができる仕事なんてある意味、大卒の人間なら「誰でもできる」。
でも大卒で出来る仕事が中卒、高卒ができるか、っていったらそうじゃない。
「誰でもできる」仕事の日本人の受け入れはどんどんなくなっていく。
もちろん土木系の仕事とか、コンビニの店員とか、いないと困る。
でも、ここで考えてほしい。
今、つらい思いをして、「誰でもできる」のではなく「自分だからできる」仕事を見つけに大学に行くか。
今、目先の楽しいもの、楽な道をとって、卒業後「誰でもできる」仕事を一生やっていくか。
もはや愚問。前者に決まってる。
もう一度今回のポイントをおさらいすると、
「中卒、高卒で出来る仕事は今後外国人に占領されていく」
「今後企業は有能な人材しか採用しない」
「そのために有能な人材=社会が求める人材=社会に貢献する人材になる」
そして
「大学とは社会に貢献する人間になる準備をするところ」
ということだ。
今回の話は「大学」という機関の概観を話した。
「具体的に何をして「社会に貢献する人間」になる準備をするのか。」
ということに関しては、次回以降お話ししようと思う。
賛成意見・反対意見・質問・疑問なんでもいいのでコメントよろしくお願いします。
