fシャーリーズ・セロンはロサンゼルス・コンフィデンシャル誌のインタビューで、いつまで女優を続けるかわからないと語り、俳優という職業につきまとう不安定さが逆に面白いとコメント。
「ずっと女優を続けるかどうかはわからないけど、緊張感を持っていられるから、わからないことがいいんだと思う。この業界は安心しきったら終わりよ。常に新しい才能を持った人たちが入ってきて、要求されるレベルが上がり、自分もそれをクリアしようと努力する。『ゴールにたどりついた』って絶対に思いたくないわ。そう思ったときは引退すべき時だと思う」 「わたしは何かに挑戦するときはものすごい執念で挑むの。絶対に中途半端なことはしないわ。仕事に取り組むときは全力よ。そんな自分の性格と、わたしを信頼してくれる周囲の人間のおかげでここまでこれたんだと思う」と、容姿や運だけでトップ女優になったのではなく、やる気と努力が根底にあると語っています。
シャーリーズほどの美しさならば華やかな少女時代を過ごしていたのかと思いきや、 『W』誌2月号とのインタビュー記事で、初めてオーディションを受けた時の様子などを語っています。
20歳の時に、チョイ役で出演した『2 days トゥー・デイズ』が彼女の本格的な女優デビュー作品。スラッとしたボディと美貌でいきなり人気を博したセロンは、その後はサスペンス、アクション、ヒューマンドラマなど何でもこなす女優と成長しデビューまでの道のりは大変であったそうで、「そのオーディションには、ジャンプスーツを着て臨んだの。撃たれて死ぬシーンがあると聞いていたんだけれど、どうしたらいいのかまるで知識がなかったから、自宅にあったケチャップのボトルを持参して、撃たれた瞬間に自分の体に向けてブチューッとやったわ。その体で、ドドドッと扉にぶつかり、床を転がり這いつくばって、それから息絶えてみせたわけ。ずいぶんマニアックでしょ? 審査員たちはもう驚くわ怖がるわで、あれでは役なんか貰えるわけないわよね。私、8歳になるまで前歯のない子供だったのよ。あまりにも虚弱な子で抗生物質と縁が切れず、それが歯を蝕んでしまったらしいの。でもダンスの教室に通うようになったら体が丈夫になって、前歯がちゃんと生え揃ったのよ。」
この少し前の『People』誌には、「私、すごく目が悪くてね。だから本当にカッコ悪いメガネをかけていたの。男の子たちには好かれていなかったわね。」視力のあまりの悪さに眼鏡を手放せない子供であったため、イジメを受けていたことを語っていました。
2009年には『Parade』誌とのインタビューで「私は個人的に、アルコール中毒と性依存症の親を見て育って来たの。周囲にもそういう人を知っている。結局どの人も家族を苦しめ、妻やパートナーが離れ、子供の信頼や愛情も失ったわね。性依存症の人は、妻を意識的に欺いているということではないの。もはやそれは性と呼べないところまで行っている段階ね。ヘロインやアルコールへの依存と同じで、性的興味や欲求の強さから、次第に体や脳、人格まで変わってしまうのよ。」と語っています。
南アフリカ共和国で育ったシャーリーズの父親は、建設関係の会社経営者、アルコールが欠かせない独裁君主のような男であり、性依存症も伴っていたため、母とひとり娘のシャーリーズは、父親の家庭内暴力におびえる毎日を過ごさなければならなかったそう。そして15歳の父親が酔ってシャーリーズに暴力を振るおうとしたとき、母親が銃の引き金を引きました。正当防衛が認められ、16歳になるとシャーリーズはモデルとして、そして21歳で女優デビューを果たしています。
そんなシャーリーズの人生を写真で振り返ります。
After winning a modeling contest in South Africa the statuesque beauty moves to L.A.
1997年洗練されてきました。
actress has called the "Vargas-red-lipstick glamour" the ultimate in femininity
2005年
ヘンリー王子の元恋人チェルシー・デイビーちゃん