年金新制度で「70代まで我慢」がしやすくなったが…それでもFPが「66歳から受給がベスト」という理由

 

■75歳まで我慢すれば84%増になるが…  公的年金の支給開始年齢は原則65歳ですが、本人が希望すれば早く受け取る(繰り上げる)ことや、遅く受け取る(繰り下げる)ことができます。受給開始を60~64歳の間に繰り上げた場合、年金額は1カ月ごとに0.4%減額され、反対に66歳以降に繰り下げた場合、年金額は1カ月ごとに0.7%増額される仕組みです。 【図表をみる】65歳~75歳の間に繰下げ請求をして受給開始した場合  

 

2022年4月より、年金の繰下げ受給の上限年齢が70歳から75歳に引き上げられました。65歳で受け取らず、10年後の75歳から受け取り始めた場合、本来の年金額より84%(0.7%×12カ月×10年)も増額になることから、繰下げを選択肢に入れている人は多いと思います。  しかし、自分の寿命が分からないのに無理に繰り下げることはリスクが大きく、私は「まずは65歳まで働き切って、66歳から年金受給開始」を目指すことをお勧めしています。 

 ※「75歳まで我慢すれば84%増になるが…お金のプロがあえて『66歳から年金受給』をオススメする理由」 

■「5年時効がなくなった」と喜んでいいのか  そうした中、この22年4月の上限年齢引き上げに伴い、今年4月から「5年前みなし繰下げ制度」がスタートしました。法律では、年金を受ける権利が発生してから5年を経過したとき、時効によって権利は消滅すると定められています。  今回の改正によって「年金受給権の5年時効がなくなった」との喜ぶ声も聞かれますが、そのように考えるのは危険です。  そもそも「5年時効」とは何なのか、この新制度によって「ベストな受給開始年齢」が変わるのかを解説して見ていきます。

■繰下げキャンセルしたら「65歳時点」に戻る?   現行制度では、65歳から75歳までの間に繰下げ請求を行えば、待機期間に応じて年金が増額されます。たとえば、73歳時点で繰下げ請求を行う場合、待機期間は8年です。1カ月当たりの増額が0.7%ですから、「0.7%×12カ月×8年=67.2%」で67.2%の増額となります(図表1)。 

 一方、繰下げ受給をするつもりだったけれど、何らかの事情で繰下げるのはやめて、過去の年金をまとめて受け取りたいと考えたとしましょう。それが70歳を迎えた後の請求であれば、待機期間が5年を超えますから、5年以上前の年金は時効により消滅してしまいます。  つまり、73歳時点で年金を一括で受け取る場合、もらえるお金は68~73歳の5年分で、その後は「65歳時点の年金額」が支給される仕組みでした。  急な病気やケガ、老人ホームの入居一時金が必要になった、家を大規模リフォームする、子供の結婚費用を出してあげたい……。70代以降もまとまったお金が必要になるケースはいくつも考えられます。せっかく年金受給を我慢して将来もらえる金額を増やしても、いざというときに“水の泡”となってしまっては、将来何が起こるか分からないので、これでは安心して繰下げ待機をすることができません。

 

■70歳以降も安心して繰下げ待機できる  このような懸念を解消するため、70歳到達後に一括で本来の年金を受け取ることを選択した場合でも、請求の5年前に繰下げの申し出をしたものとみなし、増額された年金5年分を一括して受け取れるようになりました。これが「5年前みなし繰下げ制度」です。  たとえば、73歳時に繰下げはやめて本来の年金を受け取る場合、5年前の68歳時に繰下げの申し出があったものとして年金額を計算します。  待機期間は65歳から3年間ですから、「0.7%×12カ月×3年=25.2%」で25.2%の増額となります。つまり、73歳の請求時点では、本来の年金に25.2%増額された年金が5年分まとめて受け取れ、その後は「68歳時点の増額された年金」を受け取り続けることとなります(図表2)。

 

■80歳以降に一括受給するメリットはない  この制度の対象になるのは、以下のいずれかに該当する人です。 ---------- ・2023年3月31日時点で71歳未満 ・老齢基礎年金・老齢厚生年金の受給権を取得した日が2017年4月1日以降 ----------  ただし、80歳以降に請求する場合は「5年前みなし繰下げ制度」の対象にはなりません(※1)。つまり、「5年前みなし繰下げ制度」は70歳以上80歳未満の人に適用される制度だということです。  

 

もし、80歳以降に繰下げしないことを選択した場合、65歳に遡った本来の年金額で過去5年分が一括で支払われ、その後は本来の年金額が支給されることになります。繰下げによる増額がないだけでなく、5年以上前の年金は時効で受け取れないという結果になってしまうのです(図表3)。  (※1)請求の5年前以前から障害年金や遺族年金の受給権がある場合も対象外 

80歳以降まで我慢しても、増額は75歳まで  一方、80歳以降に繰下げ受給の申し出をすると、繰下げ可能期間は75歳までですから、75歳以降の待機期間は増額対象とならず、75歳時点で計算をした繰下げ年金額の過去5年分が一括で受け取れ、その後は増額されたその年金額を受け取り続けることになります。そして、5年以上前の年金は時効となり受け取ることができません。  たとえば、83歳時点で繰下げの請求をした場合、65歳から75歳までの10年間待機したものとして、受け取れる年金額は本来の年金に84%増額したものとなります。ただし、75歳からの3年分は時効で受け取れませんから、一括で受け取れるのは78歳から83歳までの5年分です(図表4)。

■気軽に一括受給するのが危ない理由  気を付けたいのが、過去5年分の年金を一括して受け取ると、実際に年金を受給した年の収入としてではなく、本来の年金支給日が属する年の収入として所得の計算が行われることです。  公的年金等控除の額を超えない程度の年金額であれば影響はありませんが、過去の各年分の所得税額が増えるような場合、修正申告(確定申告していなかった場合は期限後申告)が必要となり、不足分の所得税や加算税・延滞税がかかることもあります。さらに住民税や介護保険料、国民健康保険料等に影響が生じるケースもあります。 

 もし、繰下げ待機中に年金を受け取らないまま亡くなった場合、遺族は未支給の年金を受け取ることができますが、増額した年金額ではなく、本来の年金額が受け取れるのみです。「5年前みなし繰下げ制度」も本人が請求する場合にのみ適用となるので、70歳到達以降に亡くなった場合、時効によって消滅してしまう年金が発生します。

 ■何も手続きしなければ自動的に「繰下げ待機」に  このように見ていくと、年金受給権の5年時効がなくなったわけではなく、あくまでも70歳以上80歳未満の特例であることが分かります。  年金を受け取るには手続きが必要ですが、年金繰下げに特段の手続きは不要です。65歳に到達する3カ月前になると「年金請求書」が届きますので、65歳から年金を受給する場合は年金請求書と必要書類を年金事務所に提出します。しかし、何も手続きをせずに放置すると、自動的に「繰下げ待機」の状態になります。  そして、受給を開始しようと思ったときに「支給繰下げ申出書」を提出することで、増額された金額での受給が開始されます。ただし、老齢基礎年金と老齢厚生年金のどちらか一方だけを繰下げて受け取りたい場合は、年金請求書の「老齢基礎年金のみ繰下げ希望」「老齢厚生年金のみ繰下げ希望」のいずれかに印を付けて年金事務所に提出する必要があります。

 

■日本年金機構からのお知らせは必ずチェック  何もせず自動的に繰下げ待機という状態だと不安になるかもしれません。しかし、老齢年金を受給していない人には、66歳から74歳までの間、毎年「繰下げ見込額のお知らせ」が日本年金機構から送られてきます(※2)。  誕生日の前日の属する月の前月末ごろに送付され、その年の誕生月時点まで繰下げた場合の年金見込額などが記載されています。  このお知らせは放置せずに必ず開封して中身を確認するようにしてください。66歳以降は1カ月単位で繰り下げることができますから、年金見込額と家計や健康状態などを照らし合わせて、どのあたりで受け取り始めるのがよいかを検討しましょう。  ちなみに、75歳に到達する人でまだ年金の請求をしていない人には、年金を受け取るために必要な年金請求書等が、75歳の誕生日が属する月の前月に送付されます。75歳以降は年金が増額されることはありませんので、速やかに受給の手続きをしましょう。  (※2)遺族年金または障害年金を受給している場合や共済組合の加入期間がある場合等は送付対象外

 ■受け取り開始はやっぱり「66歳」がお勧め  今回の「5年前みなし繰下げ制度」によって、71歳以降も安心して繰下げ待機ができるようになりました。しかし、我慢すれば年金が増えるからといって、貯蓄を取り崩して無理な繰下げをし、結局、手元不如意で繰下げを諦めざるをえない事態に追い込まれるのは避けたいものです。  高齢になって判断能力が衰えてうっかり手続きを放置してしまうとか、待機中に亡くなるなど、思いがけない落とし穴にはまる可能性もあります。  予定通り繰下げ受給できるように、現役時代から年金生活に備えたマネープランを立てておくことが大切です。  私が受給開始目標として「66歳」がベストだと考えているのは、現役時代にしっかりマネープランを立てて準備をして60歳から65歳までの収入減少期を乗り越えたうえで、まずは1年繰下げできる余力をもつことをお勧めしているからです。  66歳以降は1カ月単位で繰り下げることができますから、年金見込額と家計や健康状態などを照らし合わせて、実際にいつ受け取り始めるのがよいのかを検討することが重要です。