働いたら負け」に真理があるわけ
常識を覆す「お金」の新常識
「サービス残業」「がんばれば給料が上がる」「お金を増やさねばならない」……。「お金」に振り回されなければ生きられない現代社会。しかし、それは全て思い込みだった!?『小飼弾の超訳「お金」理論』では、お金に苦労しながらも成功を手にした投資家が、現代人の「お金」に関する誤解を解きほぐします。お金と世界の仕組みを知れば、あなたの生活も、変わる。
「不労所得」は悪ではない
「働かざる者食うべからず」。日本人なら誰でもこの言葉をどこかで耳にし、なんとなしにその価値観を正しいと信じているだろう。 株式の配当、土地や家の賃貸料、役職についているだけでもらえる顧問料、漫画や音楽を発表して入ってくる印税……。こうしたお金は全て、権利を有していることで働かずして得られる「不労所得」だ。あるいは、失業保険や生活保護の手当も不労所得と言えるだろう。 日本ではしばしば不労所得を得ているお金持ちに対しての批判や、生活保護受給者に対するバッシングが聞こえる。 しかし、飼氏はこうした不労所得を糾弾するような考えは間違っていると言う。 “今の倫理では、「勤労」が美徳になっています。額に汗して労働して、その対価としてお金をいただくのが当たり前だと大勢の人は信じ込んでいるし、それを疑うことすらしません。 「働かざる者食うべからず」なんてことを平気で口にしますが、その常識こそが、わたしたちを貧しいものにしているのです。” 一体どういうことなのか。近代以降の技術の進歩によって、人間の手で行われていた仕事はどんどん自動化されてきた。また、グローバル化は世界中からより安い賃金で働く労働者を集めるのに役に立ってきた。人間の労働がもはやあらゆるもので代替可能であり、価値あるものではなくなっているのだ。小飼氏によると、そんな世の中で豊かになるには、そもそも資産を所有していなければならないという。 “ネットなどではよく冗談交じりに、「働いたら負けだと思っている」なんて書き込みをする人がよくいますが、これは間違いなく真実を得ています。”
世界で進むベーシックインカム導入議論
しかし、そんな資産など持っていないという人がほとんどだろう。 だからこそ、日々の仕事に精を出し「そのうち給料が上がればいいな」なんていうささやかな希望を持ってつつましく暮らしているのが私たち小市民というもの。対して小飼氏は、資産を分配することを要求すべきだと話す。そしてそのための方法としてあげられているのが「ベーシックインカム」だ。 “ベーシックインカムというのは、政府が国民に対して、生活するのに必要最低限の「現金」を、「一律」かつ「定期的に」給付するもの。 生活保護と大きく違うのは、大正が全国民であり、給付額も同じだということです。金持ちだろうが、貧乏人だろうが、全員にお金を配ろうというわけですね。” ベーシックインカムの導入に関して、2016年スイスで是非を問う国民投票が行われ、フィンランドでは失業手当受給者に対して2017年から2年間支給する試みが実施された。また、アメリカでも投資会社Yコンビネーターが、1000人に対して毎月1000ドルを3年間給付する実験を始めている。 こうした導入に向けての動きは、コロナ禍を経てより加速した。2020年4月、高い失業率を誇っていたスペイン政府が「可能な限り迅速」にベーシックインカムを導入すると決定し、同月、ローマ教皇もベーシックインカム導入を世界に向けて提言するスピーチをしたという。 ベーシックインカムの導入に対しては「働かざる者食うべからず」的観点に加え、財源確保を問題に反対する意見もある。しかし小飼氏は、本書で日本の財政を分析し、税制を見直すことで十分な財源を確保できることを示している。 “税金と社会保障費を一本化して、きちんとストックにも課税すれば、毎月数万円のベーシックインカムを国民に給付することなど造作もありません。”
お金の本当の価値=ケイパビリティ
ベーシックインカム導入は、単に「持たざる者」を「持てる者」にするだけではない。小飼氏は、お金の本当の価値は「ケイパビリティ」にあり、富の分配は全体のケイパビリティを増やすことにつながると指摘する。ケイパビリティがあるということは、人々が欲するモノやコトを増やす媒介になるということ。つまり、富が多くの人に行き渡ることでものごとを可能になるというのだ。 小飼氏は次のような例で説明する。 “AとBという2つの国があったとしましょう。 両方とも人口は100人で、必須生活コストや税金はゼロということにしておきます。A国に住む99人の年収は100万円で1人だけ1億円のヤツがいますが、B国は全員が年収200万円です。どちらも国の富はだいたい2億円ですが、A国とB国のどちらがケイパビリティが高いかと言えば、B国です。 例えば、スマホで通信するために1人当たり200万円かかるとしたら、A国では1人しか端末を変えません。こんな国で携帯電話サービスを始めようという人はいないでしょう。B国ならみんながスマホを持つことができます。 ここで言いたいのは、ある程度の富がみんなに行きわたっていないと、誰も手に入れられないモノやサービスがいくらでもあるということ。金持ちの1人2人だけでは作ってもらえないモノのほうがずっと多いのです。” 現在の資本主義のルール下ではお金は持てる者に流れる一方だと本書の中で話してきた小飼氏は、そうしたルールを変える必要性を訴える。 “少人数のしょぼい資本家がいるだけでは、世界はどんどんつまらない場所になっていってしまいます。 ならば、どうすればいいか。 お金が必要な人にお金を渡せばいい。” 「働かざる者食うべからず」の価値観を排することで世界は豊かになる。『小飼弾の超訳「お金」理論』は、私たちが思いもよらなかった道を示している。 写真・文/藤沢緑彩
映画スパイゲームの中で、ロバートレッドフォードが退職後の事をブラッドピットに話す場面があるが、実際に欧米では現役時にキャリアアップして転職(というより会社とポジションを替えていくが、その道のプロという背骨は変えずに)を重ね、定年退職というよりも出来ればアーリーリタイヤメントして、あとは不労所得で「ケイマン諸島」(タックスヘイブン)で悠々自適という考え方がメインだ。つまり働かざる者食うべからず、というよりも、如何に老いぼれて日々働かなくても食べていけるか、幸せか、という思考なのだ。それは、人生という時間は、誰にでも「有限」であり、必ず死を迎える。時間が経てば体が無くなるのだ。それまでに、己の体で、それぞれの「幸せ」を体現できるか、それが重要なので不労所得というのは、段々と体が若い頃よりも衰えてくれば尚更大事になるのだ。明らかに世界は、武力から富、富から知識・知性が価値を持つという「パワーシフト」が進んでいる。今後、益々「汗して働く」というエリアは自動化、省力化され、その為に益々知識や知見による、汗せずに価値を生み出す、事にシフトしていく。日本人の刷り込まれた道徳案や労働感は、グローバリゼーションの前には旧態依然としたスクラップ兵器となる。如何に合理的・効率的に価値を生み出さすか、自分が幸せになるか、それが大事なのだ。