73年前の小説「ペスト」が新型コロナで大売れ。現在の社会情勢とそっくり

4/12(日) 8:45配信

bizSPA!フレッシュ

 

73年前の小説「ペスト」が新型コロナで大売れ。現在の社会情勢とそっくり

 

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 文学なんて時間の無駄、文学なんて読んでも儲からない、時間があるならビジネス書を読む……。そんな感覚を持つビジネスパーソンは多いかもしれない。しかしそのような考えは、経営戦略の基本から考えても大きな間違いである。

 多くの「デキる」ビジネスパーソンは経済紙、ビジネス雑誌、ビジネス書、ときに経営学書・経済学書・技術書などを読む。ライバルに後れをとらないためにもそうした読書は必要である。

 しかし、他のビジネスパーソンと「差」をつけるには、他者と同じ情報を得ていてはダメである。経営戦略論の大家マイケル・ポーターも指摘するように「Strategy is being different」だ。ビジネスパーソンがあまり読んでいないからこそ、いま文学を読むことは他者と違った価値(=差別化)につながる。

 ただしそこには「読み方」がある。そこでこの「文学で“読む”経済」では、文学から社会と経済を読みとり、ビジネスに活かすという体験を、読者と共有することを目指す。

新型コロナウイルスと『ペスト』

 市が閉鎖され、アルコールが消毒に良いらしいと人が殺到し、「~ごろににはこの状態も収まる」という予想の数々が出回る……。現代のレポートではない、1947年に出版された小説である。

 アルベール・カミュは『異邦人』などの作品で知られているが、この『ペスト』もまた彼の代表作のひとつである。新型コロナの流行とともに『ペスト』への注目が集まり、最近では平積みにしている書店も多いという。文庫を発行する新潮社も3月に1万部以上の増刷を決めた。実は、このコラムの執筆中にも毎日新聞で『ペスト』についての記事が出てしまって筆者は少し焦っているくらいだ。

 いつの時代も人間や社会は変わらない。ノーベル賞経済学者のハーバート・A・サイモンが『経営行動』の序文で書いているように、医学やコンピュータ科学といった技術的知見はあっという間に新しいものに取って代わられるが、人間社会に対する知識はそう簡単には古くならない。そして、人と社会について考え抜いた文学は、ときに人間社会への深い理解を与えてくれる。

 

段々と「死の感覚」が麻痺していく主人公

ペスト』の始まりと終わりは一匹のネズミである。始まりは死んだネズミ、終わりは生きたネズミ。謎の熱病で1日の死者が30人に達するところから始まり、海水浴が禁止され、食料や燃料が割当制になる。外出禁止令が出されるが、人々はなんとか自分だけは例外として街の外に出られないか画策する。

 それから2か月、1日の死者がついに100人を超える。感染者と死者という大きな違いがあるが、数字だけを見ると今の東京ともダブって感じられる。そして、外出禁止の厳戒令が出され、違反者は逮捕されるようになる。

 死体の処理さえも満足にできず、頼みのワクチンも効かない。そんな段階になって人々が頼ったのは迷信や予言だった。市民に対して落ち着くよう説得する神父、必死で医療崩壊を防ぐ主人公とその仲間、だがそうした人々もやがて命を落としてしまう。主人公にとって死が当たり前になり、自分の仲間や妻の死さえも自然な気持ちで受け入れられるようになる……。

社会によって増幅される病気でもある

 そんなペストの流行もやがて収束に向かう。医師である主人公は、この物語を人間賛美のために、ペストに打ち勝った記録のために、やがてまた来る感染症の恐怖を忘れないために後世に残したことを告白し、物語は終わる。

『ペスト』が私たちに教えてくれるのは、新型コロナウイルスのような感染症は医学的な病気であるとともに、社会によって増幅される病気でもあるということだ。

 個人の身体へのダメージと社会へのダメージがフィードバックを起こしてしまう、ともいえる。これは、ロバート・マートンが定式化した「予言の自己成就」と呼ばれるメカニズムに、複雑系経済学でいうミクロ・マクロ・ループ(リンク)というメカニズムが掛け合わされた状況である。

 

73年前の小説「ペスト」が新型コロナで大売れ。現在の社会情勢とそっくり

 

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『ペスト』が教えてくれること

 マスク、トイレットペーパー、除菌製品などは「すぐに足りなくなる」という予言自体が社会を動かして実現を後押ししてしまう。その結果、必要な人に物資が行き渡らなかったり、混乱の結果として人が殺到しそこで余計に感染症が広がったりする。

 ミクロなウイルスの世界がマクロな人体に影響し、ミクロな個人の動きがマクロな社会の動きに影響し、マクロな社会の動きがミクロなウイルスの世界に影響するのである。

 だが、『ペスト』は同時に我々に希望をもたらしてもくれる。人類はこうした感染症に打ち勝ってきたことを教えてくれる上、我々が置かれている状況が普遍的なものであることを気づかせてくれるからだ。カミュの『ペスト』を読むことで、我々は新型コロナウイルスをめぐる社会情勢を「人間社会によくあること」として俯瞰してみることができるようになる。

 このとき、ミクロとマクロのループは断たれ、ウイルスの増殖にブレーキがかかり始めるだろう。『ペスト』で描かれた主人公リウーの願い、そしておそらくはカミュの願いは、70年超の時間を経て今の我々に届いている。

<TEXT/岩尾俊兵>

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ペストの詳しい歴史については、既に過去のブログで解説しているが、中世の人々も

今日、新型コロナウイルスに直面している私達と同じ思考回路や行動パターンをしている。

 

まさにミクロのウイルスが、グローバル経済の発達となった超マクロ経済に

瀕死の重傷を負わせている。逆にウイルスによる都市封鎖や各経済活動の停止で

人間の欲望にまかせた経済活動によって、ボロボロになった地球環境は多少改善する。

 

間違いなく二酸化炭素の排出量は減るし、工業廃水量も減少するだろう。

ペストが蔓延した時代の様な見方をすれば、神が地球を救うべくウイルスを

使わせ暫く人間の横暴を止めさせ反省させようとした等という解釈もあるかもしれない。

 

現代は、インターネットやAIなどの中世とは違うテクノロジーと様々な分野の発見

進化や発展がある。だからこそミクロの世界を知り、マクロをよりよくする事が出来る。

 

中世ペストが蔓延した時代にも、また関東大震災などの巨大災害が起きた時に

人間は必ず「差別や偏見」を持ち犯人探しをする事で溜飲を下げるという生物だ。

 

今回の新型コロナウイルスの発生源たる中国の「国際的なバイオテロ」説から

欧米でのアジア人黄禍論、日本でも医療従事者や感染者や家族への誹謗、偏見も

関東大震災後の韓国人虐殺やヒトラーのユダヤ人迫害や大量殺戮も同じ心根である。

 

ウイルスが、人種や国、貧富、階級など一切関係なく誰もが「平等に」感染する

という事実は、とりもなおさず私達人間は誰もが同じく尊い存在であり、何より

大事な命を持っているという当たり前の事を明瞭にした。

 

感染拡大防止の為に、長期間の外出自粛が続くのは皆辛いところだが、

私は、これこそ人生を見つめ直す、改めて人生を設計する、本をじっくり読む、

音楽を楽しむ、好きな趣味に没頭する。

それも居心地の良いクッションやアイテムを厳選して過ごすというのもアリと思うのだ。

 

最近「無圧」ゲルクッションを買い求めリモートでデスクワークをやっている。

正直、思っていたよりも「長時間座るのが楽」と実感している。オススメである。