生活費下げるため地方移住。働かず生きること目指した32歳の末路【2018年ヒット記事回顧】
2016年12月31日、2年勤めた辞めた。東京都心での一人暮らしは金がかかる。だから貯金はゼロ。
これからはコストが低い田舎で、極力働かずに暮らしたい。
久野太一(32)は12月25日に振り込まれた最後の給料、約30万円を軍資金に、渋谷区の部屋を引き払い移住先を探す旅に出た。
僕は渋谷しか知らない田舎者
生まれた場所も、育った場所も、そして働いてきた場所も渋谷。
他の場所を知らないことは、むしろ“コンプレックス”だったかもしれない
2008年、新卒で食品会社に就職し、希望して大阪に異動してみたのも、外の世界を見たかったから。
けど、仕事そのものが退屈で2年で辞めた。
2010年秋、再び渋谷の実家に舞い戻り、ライブドアでアルバイトを始めた。
自由のない正社員に懲りてアルバイトを選んだのに、入社後間もなくライブドアがNHN Japanと経営統合したことで目算が狂った。
ウェブライターをしていた久野は、オンラインゲームの部署に配置転換され、スマホゲームの事業戦略を担当することになった。
事業立ち上げの混乱期、とにかく人手が足りなかったのだろう。
上司は時給1000円で働く久野を商談に同席させ、顧客が帰った後に「君はビジネスパーソンとしての言葉遣いが0点」と言い放った。
「バイトにそこまで求めるのか。当初はドン引きだった」 それでも言われるままに働いているうちに、徐々に認められ、アルバイトから契約社員に昇格した。
実家を出て一人暮らしをする余裕ができた。 「オペレーションの交通整理や交渉といった自分の苦手な分野と徹底的に向き合ったことで、苦手な仕事をすると生産性が落ちまくるということに初めて気づいた。
同時に、苦手なことでもそれなりにこなせたことで、自信がついたのも事実」
そして2013年、NHN Japanの新規事業「LINE」が成長し、LINE株式会社として分社化したときに、久野はLINEのゲーム事業部に異動した。
ここでも人が足りず、久野は本来業務のゲーム開発以外の仕事に駆り出されることになった。
スタンプチーム、サーバー管理チーム、広告チーム、データサイエンスチーム、同時に立ち上がったいくつものチームとの調整に駆け回る。LINEというサービスが大好きで、その成長の中に自分がいることが幸せだった。
担当していたゲームも軌道に乗り、2014年9月、久野はLINEの正社員に登用された。
正社員登用機に転職活動 大きな目標もなく、ライブドアにバイトで入ってから4年。
改めて回りを見渡すと、組織は当初とは全く違った姿になっていた。
規模が大きくなっただけではない。
優秀で専門性を持った人材が次々に入って来る。
正社員というポジションを手に入れたことで逆に、「自分は昔からいるだけの特段のスキルのない人間」と思われているのではないかと萎縮した。
会社のブランド力が上がるにつれ、自分が活躍する場はなくなるかもしれない。
それなら正社員の職歴を生かして転職した方が、給料も上がるのではないか。
「新規事業」「スマホ」をキーワードにIT企業数社にエントリーし、サイバーエージェントから内定を得た。
正社員化から2カ月。2014年11月に久野はLINEを退職した。
AI時代、人間が働く意味が分からない
2015年1月に入社したサイバーエージェントでの勤務は2年。自分が飽きっぽいという自覚はあったが、思った以上に続かなかった。
担当したのは広告商品の開発。各部署を調整しながら走り回るのは、これまでの経験を生かせる仕事のはずだった。
が、熱量あふれ、野心が充満する職場の雰囲気に気おされてしまった。
30代に入っていた久野は、「仕事は自己実現のツール」だと疑わない若いスタッフに、徐々に体温を奪われていくのを感じた。
モチベーションが低下しているとき、手に取ったのが『〈インターネット〉の次に来るもの 未来を決める12の法則』という本だった。
アメリカでベストセラーになった同書には、自分が生きている間にAIは人間を超えると書かれていた。
「AIが人間を超えるなら、ほとんど人間は働く必要がなくなる。そう考えたら、今会社で働く意味が、一気に分からなくなった」
社内で知り合った彼女(25)は、会社に適応できずに体調を崩し退職した。
久野は転職しても、給料は変わらなかった。そして同僚たちとの埋めようのない差。
「優秀なだけならともかく、承認欲求とか、熱量とか、自分はついていけなかった。
担当しているプロジェクトが一段落するのを待って、サイバーエージェントを辞めた。
生活コスト削減求め移住先探し
仕事を辞めるにあたって考えた。ストレスの原因のほとんどは仕事だ。
自分が仕事をする最大の理由は、生活のため。
それなら、生活コストの低いところに引っ越し、できるだけ仕事をせずに、働かなくてもいい社会が来るのを待とう。
2016年12月から始まった「移住先を探す旅」は4カ月続いた。
彼女も一緒だった。 有名ブロガー、イケダハヤトさんの移住先の高知県では空き家をただで借り、温暖な宮崎県では公民館に数百円で泊まった。広島県尾道市では、ゲストハウスの清掃や受け付けを手伝って、無料で宿泊させてもらった。
旅で知り合った移住者たちに勧められたのは、「ほどほどの田舎」。
極端な田舎は飽きたときに出口がなく、久野のような都会しか知らない人間にはリスクが高いとのことだった。
どの場所も捨てがたかったが、「そろそろ決めないと、ずっと決められない」と判断し、久野と彼女は4月、4カ所目の訪問地となった福岡県糸島市での定住を決めた。
駅から10分歩けば田畑が広がるが、そこは田舎というより郊外の街に近い。
駅前にはユニクロやチェーンの飲食店があり、電車一本で福岡の中心部に行ける。
彼女と2DKの部屋の家賃を折半し、1人あたりの負担は2万円。外食する友達もいないから毎日自炊し、月の生活費は5万円で足りた。
1人で家賃8万3000円の部屋に住んでいた東京時代と比べると、生活費は信じられないほど下がった。
部屋を借りて、自転車を手に入れて、近所のボルダリングジムのフリーパスを買って週6回通う生活が始まった。
理想の生活を得て見えた「真実」 ストレス源の仕事から解放され、全ての問題が解決した後に残ったもの。
それは満足ではなく「退屈」だった。
あり余る時間で好きなゲームをしたくても、プレイステーション4やゲーミングPCを買う金がない。
近くに海はあるけど、サーフィンの道具もクルマも買えない。
月5万円まで生活コストを落として初めて、自分が「5万円の生活」では満足できない人間だと分かった。
半径500メートルの生活では、移住生活に彩りを添えるはずの友達もできない。コミュニティーに入るにも何らかの金がかかる。
理想の生活とともに沸き上がった新たな問題……。糸島移住から3カ月。久野は転職エージェントに登録した。
会社はお金のかからないコミュニティ 久野は2017年9月から、福岡市のスタートアップ「グッドラックスリー」で働いている。
2013年に設立された、社員約50人のゲーム開発会社だ。
「お金がかからないコミュニティーって結局仕事なんですよね」
中途半端な自分には、中途半端な田舎が救いとなった。
スタートアップ都市として売り出し中の福岡市では、サイバーエージェントでスマホ関連の新規事業に関わってきた経験が、久野の思っていた以上に評価された。
片道30分の通勤で、コミュニティーと収入を手に入れられた。
再び会社に戻った久野は、先輩移住者たちの「極端な田舎に移住するのはリスクが高い」との言葉をかみしめている。
失業手当で仮想通貨購入 勤め先は今、仮想通貨で資金を調達するICOの準備に追われている。
投資家に興味を持ってもらうため、会社やサービスの知名度向上策を考え、実行するのが久野の役割だ。
社員数も知名度も全国区だったこれまでと違い、今の会社では明確に「柱」としての働きを求められ、時には社長や役員からしっ責が飛ぶ。 「上の人の千本ノックが始まると、そういえば自分はこういう熱さが嫌で、前の会社を辞めたんじゃなかったっけって。
ちょっと冷静になり始めた」 久野は淡々と話す。
会社の事業であるゲームも、仮想通貨も自分の好きなものだ。
東京時代と収入は変わらず、生活費がかからないから金も貯まる。
最近、ゲームや仮想通貨のマイニング(採掘)ができる高性能なパソコンを買った。
「今の会社が作ろうとしているものって、僕がユーザーとして欲しいものだけど、無理して作る側には回らなくていいかなと思う……」 家賃4万円の部屋で彼女に食事を作り、「おいしい」と言ってもらえるときの方が、仕事で認められたときより幸せを感じる。
「自分は仕事は60点でいい。だから例えば、今まで一緒に働いた人が何か新しいことを始めようとしたとき、僕には声を掛けないと思うんですよね。
本来、スタートアップで働いたらいけない人間なのかもしれない」 最低限の生活で満足できるほど無欲でもない自分にとって、「働かなくても楽しく暮らせる」社会が来るまでは、粛々と漂流しながら働くしかない。
「この人のようになりたい」という先輩や上司にも出会ったことがない。
2017年半ばに失業手当の一部で買った仮想通貨の価値は、100万円前後まで上昇した。
「価値が10倍になったら会社は辞める。それまでは、できるだけ健康に生きたい」 久野が会社で働いている間も、家ではPCが仮想通貨をマイニングしている。
1日に手に入るのは100円程度。けれど、価値が10倍になる日は遠くないと信じている。
激しく上下する相場に振り落とされないよう、じっと待ち続ければ (文中敬称略)
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戦後、高度経済成長期には、まさに終身雇用で且つ滅私奉公で
それでも昇進=昇給であり、出世する事=成功者=お金持ちであり
家、テレビ、白物電化製品と団地に住めて車を持つ、出世スゴロクの上りは戸建てに車という
そして十分な年金で悠々自適に笑顔で微笑む老夫婦と子供、孫たちというステレオタイプだった。
この幻想は、バブル崩壊からリーマンショックを経て平成という時代に徹底的に絶滅へと追いやられ
デフレが慢性化し、一億総中流といわれていたのが富める者と貧しい者の格差が拡大し、更に貧困が
増えて、それに乗じて富める層に入りたいあがきから、ブラック企業をはじめとする長く働けば認められ
昇進して昇給していく、という構図は無くなった。名ばかり管理職という言葉も平成の産物だ。
いい大学に入っていい大企業に就職して昇進して昇給する、という古いお金持ちコースよりも
学歴がなくても、投資や起業、インターネットの普及やスマフォによるテクノロジーの変化をとらえ
世界的に短期間で知られるビジネスも頻出するようになり、昔の出世方法は魅力を失った。
そうなると、益々インターネット社会、AI、IOT時代となる中で、自分と会社の関係性も変化する。
端的に言えば、自分という個性や能力を以って、会社というスキルの束を構成するのは単一でなく
複数化することも、プロジェクト単位とすることも可能となり、終身雇用なり、年数長く居れば昇進
という仕組みだけでは、回らなくなってくるし、実際に今の日本企業の人事労務制度は時代の流れに
劣後しているところが大半だろう。
日本人がそこそこ長めの休みをとれるのは、年末年始とGW、盆休みと限られる。
欧米が1か月まとめてバカンスをとる文化には、程遠い。そして定年後はそうした悠々自適が
出来るかというと、それも難しくキリキリと節約節制して少ない年金で暮らす人生しかない。
年末年始に、こうしたライフスパンで自分自身の人生設計なり会社との関係を考えてみる事は
これまで以上に大事だと思う。