子供が就活中でLINEで状況を伝えてくれたり

相談してくる。


思えば、自分も学生から社会人になる時

就職したら、会社って色々と自分にとって

大きな存在になると思っていた。





つまり、給料を得るだけでなく仕事を覚えたり

色々な事を与えてもらえると期待が不安を

かき消していた。


実際に、社員教育の機会や異動、転勤の度に

その会社に入らなかったら出会えない人々も

含めて私の血となり肉となった。


あと数年もせずに定年を迎えるが

果たして定年再雇用となるか判らぬが

それでもあと10年以内に私の会社人生は終わる。



勿論、身体が動くうちは既にこれまでに修得してきた

様々な資格を生かして仕事を得る事も射程に入って

こつこつと下準備をしているが、そうしないと

若い頃に会社に抱いたスゴイ期待感と現実のギャップ

に耐えられないからだ。長い時間を会社で過ごしたが

私の大きすぎる期待は、常にはぐらかされてきた。


そうする事で会社は、私の期待感を利用し働く動機づけ

にしてきたし、私自身がそれで頑張って来れたのも事実。





こう考えると、結婚もそれに似ていて、やはり程度の差こそあれ

やはり、はぐらかされる期待の連続ではなかろうか。


悪い意味でなく、もっと一緒に過ごせると思っていた結婚が

単身赴任とか様々な事情で一緒に過ごす時間よりも

一人の時間が多くなってしまったり、逆に少しは一人に

してくれないと息が詰まるという場合もあるだろう。


人生とは、誠に身勝手で期待をはぐらかしてばかりだ。

いい意味でも、悪い意味でも。でも人の幸せ、不幸せは

その人の考え方や物事の捉え方で変化する場合もある。


それもまた人間だ。そうして、色々な気持ちを期待を

はぐらされながら、人は一生を終わる。


どんなに高い地位の人も、どんなに富裕であっても

所詮、最後は一人で動かなくなった肉体の存在をかき消して、

あとは時折別の人の記憶に出てくるだけになる。


どんなに美人でも、どんなに鮮烈な生き方をしても

そういう自分以外の人の脳細胞の記憶になるだけ。。


だからこそ、少しでもはぐらかされないよう、人はその人生を

一生懸命に生きる、そして楽しみ、また様々な思いを抱くのさ。


さあ、また明日、はぐらかされに行こうか。