あうみん生活 -18ページ目

あうみん生活

あうみんのとても簡単なしあわせ♪
難しい顔してても、ちょっとしたことで
すごくシアワセを感じちゃったりして、
私って簡単だなぁ~って思う。
それでも、すぐおちこんだりへたれたり。
だから常に・・・
肩のチカラをぬいて、目の前のヨロコビ発見♪


京都のピアノ工房で、エラールピアノの修復が始まりました。

ピアノメーカーによって鍵盤蓋の外し方から違います。それだけでもかなりの想像力と観察推理力が必要です。

今日はかなりコアな話でわかんないことばっかり書きますが許してくりょ

エラールのアクションって本当に独特なんですよね。

初めて知ることばかり!
アクションの柱が金属じゃない~

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ハンマーの前につきだす棒がバックチェックです。

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普通鍵盤部分の上に金属の柱のアクション部分がのっかっているのですが、木製だなぁって見てたらこれが一体!外れないんです!なーぬーーーー
ど どうやって鍵盤外すん?

しかもキャプスタンボタンにヒールがのっかってるわけじゃなくて、繋がっちゃってるんですけど。

頭がハテナでいっぱいだけど、理屈が分かって、うまく鍵盤を外すコツがつかめてくるとワクワクします。

連打を可能にする機能のひとつのバックチェックの調整はハンマーの後ろの皮を張り替えることでしか調整できないとか。
これはとても技術者泣かせな事で、パリの工房のシルヴィさんが、頭を痛めていたのを初めて理解しました。

エラールさんはとても完璧主義で修復や調整が必要ないピアノを目指したので、素材はものすごくいい物を使っているのだそう。

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鍵盤に使われてる木材も100年経ったとは思えないソリや歪みのない高級なもので、象牙やクロスはもちろんネジやバネなどニカワに至るまでそれは素晴らしいものを使っているそうです。

確かに美しいです。

言っちゃーなんですが、我が家のピアノの中身とは比較になりません。木材のちゃちさなんてのは誰にだってわかるレベルです。響板はニスも塗られてるとはおもえない触るとザラザラ。アクションも木材を使ってるならまだしもプラスチックですから泣けてきます。クロスなどもかたや上質なカシミヤ、こちとらいかにも化繊。
こんな見えないところまで、素晴らしい技術と素材を使って作っていた高級品を、日本の技術(商売)は安く安く大衆向きに制作しちゃったわけです。

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今年も紅玉がではじめました~
頂いたハープの診断をしてもらいました。
左底の部分がぶつけたような部分があり、素人初心者の私が弾く分には弦の張替えと、ビスの交換だけで済みますが、リペアして売るとなるとちょっと大がかり。いや、売らないけどね。
15万ほどの修理代がかかりそうです。せっかく素晴らしい技術者に出会えてるわけですから、思いっきり修復してもらうことにしようと思ってます。

とはいえ、修復開始まで3ヶ月待ち。

とりあえず切れた弦だけはりかえをして、調律をしました。

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ピアノと違って奏者が調弦も調律もするんですよね。
10年放置してた他の弦も調律してもしても下がりまくり。
ピアノの比ではありません。
張ったばかりの弦も、すごい!
いや~楽器ってたいへーん!

血豆ができました。

それを知らせると、それはハープするひとの洗礼だそうで、喜んでいいってことでしょうか。祝 血豆

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ジンベイザメを美ら海水族館で見ましたよー
時間帯によって、バックヤードという水槽の上からも見学できます。
ただしエサの時は上からは見れません。
でも横から見れるからやっぱりすごい水槽の大きさですネ。三頭一緒にそれぞれ自分のポイントでエサを食べるの!大きな水槽デスね!

10年ほど前ですが、大阪の海遊館でエサあげると上から見ることができたんですよね。入館時に申し込めば。それを見てたから、今回それを思い出しつつ、横から見れてよかった~

やっぱり水族館っていいね


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沖縄の海。
37 年前にも感動しました。
一番記憶してるには知念の海。
さけどお天気ですあまりいい色が出ていませんでした。

海洋博などリゾートにの開発で北部の海はもうがっかりだったのですが、今また、いろんな方の努力でサンゴが再生されてるようです。

慶良間でシュノーケリングで素晴らしいテープルサンゴをながめ、コバルトスズメと一緒に泳いだ記憶は強烈で、20代になって、ハワイのハナウマベイにがlかりして以来シュノーケルやダイビングには興味は持ちませんでした。

最後の写真はトカラ列島の中之島と思われます。温泉かでます。共同のお風呂掃除は子供会の役割で島じゅうの人が入りにきます。

大阪からリタイアして漁師をしているM川さんにトロリー船に乗せてもらいました。はるか15年前ですが。
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神戸空港から、ソラシドエアで沖縄いきました。

ソラシドエアなんて聞いたことなかったよ~

宮崎の会社なんだって。

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雲にうつる飛行機の陰に日輪が~

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沖縄到着~



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戦闘機いっぱいいる~

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ビーチでヘリコプター見えたから撮ったらドクターヘリだったよ。

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基地の道路走ってたら、真横から飛行機やってきて車の上をとんでいったよ。

福岡空港も道路の真横に空港あるけど、戦闘機じゃないもんね。



美ら海水族館は那覇から思ったより遠かったです。
高速を最後まで乗ってさらに半島の先を目指します。
その道路は殆ど「わ」ナンバーと採石場トラック。沖縄の車の3~4割は「わ」ナンバーじゃないかと思うほど。観光のための移動は昔は観光バスやハイヤーが主流だったと思うのですが、ここにも変化が感じられますね。
そうそう通常ひらがなのとこが「Y」ナンバーという車がありました。米軍関係のようです。

トヨタのヴィッツはなかなかゴキゲンな車でした。

バスツアーと違って、観光お土産センターしかとまらないわけじゃないから、あっちこっち良さげなカフェやレストランがありました。

いいよね。本当に自分で選ぶって感じで。とは思うものの、これがけっこう難しい。ガイドブック見て行っても、外観見てやめようって思ったり、経験スキル必要ね~

あと美ら海水族館は見るとこいっぱいなので、あんまり行く前に欲張らない方がいいです。

歳のせいもあってか、もう美ら海だけでクタクタ。充分満足。
水族館の後やんばる地区のカフェまでドライブする予定でしたが、とっととホテル目指しました。
沖縄に来ています。観光デス。

なんと35年ぶりです。
レンタカー付きのパック旅行だったので、昔住んでた住所、通った学校まで行ってみることに。

新しい道がいっぱいできてて、学校は建て替えられ、記憶と全く繋がりません。

ようやく自分が住んでた住所までたどり着きました。父の勤め先の社宅はなくなり、戸建てが二件。父の会社の社宅にしては、新しく設備もよかったのですが跡形もありません。

すぐ近くにあった航空会社の社宅は、建物は残ってましたが、別の名前のアパートになってました。

とても急だと記憶してた坂道は、それほどでもないように感じられました。
通学路の脇のサトウキビ畑も全部なくなって、パパイヤがなってた畑も、高い塀の上から大きなゴムの木を茂らせていた家も、保育園もなくなって。

でーじやっさ

あーここがルーミーの家があったあたりかなーっと思ったり、この道の真ん中にハブがでて、遠回りしなくちゃだったな~って思い出したり。

あー、でも、やっぱり35年って長いわな。そりゃ変わるよね。ずっと同じじゃないよね。

昔は飛行機代だけで福岡まで片道17000円とかで、親の転勤で沖縄に行った子供のお小遣いでは、とても遠い沖縄だった。今は3万円で往復飛行機とホテル2日、レンタカーまでつくからすごいよね。

親の転勤で引っ越してしまうとせっかくできた友達との関係も終わってしまう。インターネットもないし、電話代も昔はとても高かったから、文通だけがコミュニケーションだった時代。ひどいホームシック。カルチャーショック。いろんな事、友達を思い出しちゃうよ。面白かったな。さみしかったな。

みんなどうしてるかな?沖縄にいなさそう。

ま、そんなに感傷に浸りつつ、沖縄観光してます。

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本薬師寺跡 にホテイアオイを見に行ってきました。

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本薬師寺の事もホテイアオイも全然知らなかったよー

まだ行ってない絶景がいっぱいだ~




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