休日の、
お昼ごはんのことです。
せっかくの、
のんびりできるお休み。
たまには、
手抜きをしてもいいのかな。
そんなふうに、
思ったりします。
みなさんは、
どうでしょうか?
こういうのって、
やっぱり、
少し気が楽になりますよね。
では、いったい、
何を食べたのか。
実は、
我が家の食卓に並んだのは、
『カップラーメン』
でした。
しかも、
ただのカップラーメンです。
お湯を注ぐだけの、
あれですね。
こういうの、
時々無性に食べたくなりませんか?
若い頃は、
毎日でも平気だった気がします。
でも、
年齢を重ねてくると、
少しだけ罪悪感のようなものが、
生まれてきたりするのです。
なんとなく、
これだけではいけないような。
そんな気がしてくるから、
不思議です。
ここで、
問題になるのが、
『栄養バランス』
というものです。
お湯を入れるだけ。
それだけで、
お腹は満たされます。
けれど、
心の中のどこかで、
「これでいいのかな」
という声が、
聞こえてきたりするのです。
そこで、
私は立ち上がりました。
せめてもの抵抗として、
ある行動に出たのです。
それが、
タイトルにもあることでした。
『お味噌汁』
これだけは、
ちゃんとしたものを作ろう。
そう、
心に決めたのです。
では、いったい、
どんなお味噌汁を作ったのか。
特別な高級料亭の味、
というわけではありません。
冷蔵庫の余り野菜をかき集めた、
ごく普通の、
お野菜たっぷりのお味噌汁です。
大根があって、
お豆腐があって、
少しだけ残っていたお揚げ。
それを、
お鍋に入れて、
コトコトと煮込みました。
お出汁のいい香りが、
キッチンに広がります。
こういう香りって、
なんだかホッとしますよね。
日本人でよかったなと感じる瞬間です。
お味噌を溶き入れて、
お椀にそっとよそいました。
湯気がふわっと立ち上ります。
カップラーメンの横に、
そのお味噌汁を、
そっと並べました。
なんというか、
シュールな組み合わせです。
『ジャンクと健康の融合』
とでも言いましょうか。
そう考えると、
ちょっと面白い光景です。
でも、
私にとっては、
このバランスが絶妙だったりします。
カップラーメンの、
あの濃い味。
塩気の強いスープ。
そこに、
お母さんが作ったような、
優しいお味噌汁を一口。
想像してみてください。
最高だと思いませんか?
思った以上に、
お箸が進んでしまいました。
スープも、
ついつい飲み干してしまいそうになります。
いけないいけない。
塩分が気およぐお年頃です。
でも、
たまにはこういうのも、
いいのではないでしょうか。
ここで、
少し話しは変わりますが、
みなさんは、
日々の食事で、
どんなところに気をつけていますか?
すべてを手作りで完璧に。
それも、
もちろん素晴らしいことです。
憧れますよね。
でも、
毎日のこととなると、
疲れてしまうこともあります。
完璧を目指しすぎて、
自分がすり減ってしまう。
そういうことって、
ありませんか?
私は、
けっこうあります。
だからこそ、
こういう手抜きの日は、
とても大切だなと思うのです。
手を抜くところは、
思いっきり抜く。
でも、
こだわりたいところだけ、
少しだけ頑張る。
今回の場合は、
それが「お味噌汁」だったわけです。
お味噌汁さえ作っていれば、
なんとなく、
ちゃんとしたご飯を食べたような気がしてしまう。
人間の心理って、
面白いものですね。
少しの工夫で、
罪悪感が消えていく。
まるで、
魔法のようです。
こういうのって、
日々の生活を楽しくするための、
ひとつの知恵なのかもしれません。
全部を頑張らなくていい。
どこかで帳尻を合わせれば、
それで十分。
そんなふうに思えるだけで、
心がふっと軽くなります。
私の周りでも、
最近は時短料理や、
便利な冷凍食品が流行っていますよね。
スーパーに行くと、
本当にすごい数の商品が並んでいます。
見ているだけでも、
ワクワクしてしまうのです。
「これ、今度買ってみようかな」
そんなふうに、
カゴに入れたりして。
主婦の小さな楽しみです。
でも、
どんなに便利な世の中になっても、
温かいお汁を一口飲むときの、
あのホッとする感覚。
あれだけは、
代えられないものがある気がします。
心と体を、
優しく包み込んでくれるような。
そんな力があるのです。
そう考えると、
今日のお昼ごはんは、
大成功だったと言えるかもしれません。
カップラーメンという現代の文明の利器と、
お味噌汁という日本の伝統。
そのコラボレーション。
なんだか、
壮大なテーマになってきましたね。
そこまで大げさなことではありませんが。
でも、
自分の中では、
ちょっとした大発見でした。
こういう小さな出来事の中に、
日々の幸せが隠れている。
そう思うのです。
自分だけではありません。
きっと、
日本中のあちこちの食卓で、
似たようなことが起きているはずです。
「今日は手抜きだけど、お味噌汁だけは作ったよ」
そんな声が、
あちこちから聞こえてきそうです。
想像するだけで、
なんだか微笑ましい気持ちになりますよね。
こういう時間って、
意外と大事なのかも。
心からそう思います。
また明日から、
それぞれの日常が始まります。
お仕事だったり、
家事だったり、
それぞれの場所で頑張る日々。
だからこそ、
休日のこんな時間くらいは、
肩の力を抜いて、
のんびり過ごしたいものですね。
次は、
どんなお昼にしようかな。
カップラーメンに、
今度はどんな汁物を合わせようか。
今から、
ちょっとだけ楽しみになっていたりします。
みなさんも、
たまにはそんなお昼ご飯、
試してみてはいかがでしょうか。
きっと、
いつもより少しだけ、
笑顔になれると思います。
少し、
話は変わりますが。
先日、
近所のスーパーに行ったんです。
いつものように、
夕飯の食材を買いに。
カゴを持って、
野菜売り場を歩いていたときのこと。
ふと、
目に入ったものがありました。
それは、
季節外れの、
小さなスイカです。
夏の終わりでもないのに、
なぜか、
そこにコロンと置いてありました。
思わず、
足を止めてしまいました。
こういうのって、
なんだか気になりませんか。
スーパーの棚というのは、
不思議な場所です。
季節の先取りだったり、
ちょっと珍しいものがあったり。
ただ歩いているだけでも、
まるで、
小さな旅をしているような気分になる。
私の場合は、
それがけっこう好きだったりします。
では、いったい、
どうしてスーパーの棚を見ていると、
そんなふうに楽しい気持ちになるのでしょうか。
それは、
そこに、
『季節の移り変わり』
が詰まっているからなのかなと思います。
カレンダーを見なくても、
棚の野菜を見れば、
今の季節が分かる。
今なら、
新玉ねぎだったり、
春キャベツだったり。
そういうものを見つけると、
「あぁ、もうそんな時期なんだな」
と、
なんだか嬉しくなるのです。
私の小さな贅沢の一つが、
まさにこれです。
旬のものを、
見つけること。
そして、
それを今日の食卓に並べること。
それだけで、
いつものお惣菜が、
少しだけ特別なものに変わるような気がします。
大げさなことではありません。
でも、
そういう日々のちょっとした変化を、
大切にしていきたい。
そう思うのです。
みなさんは、
どうでしょうか。
普段の買い物のときに、
そんな小さな季節のサインに、
気づくことはありますか。
忙しい毎日だと、
どうしても、
目の前のことだけで精一杯になってしまいますよね。
「早く夕飯の支度をしなくちゃ」
「明日の準備もしなくちゃ」
そんなふうに、
時計ばかりを見てしまう日も、
たくさんあります。
私の場合は、
まさにそんな日ばかりです。
仕事から帰ってきて、
急いでご飯を作って、
気づけば夜になっている。
自分の時間なんて、
ほとんどないような日も、
たくさんあります。
だからこそ、
休日のスーパーだったり、
ちょっとしたお出かけの時間が、
とても大切に感じられるのです。
ほんの少しだけ、
自分のペースで歩く。
気になるものを、
じっくり眺めてみる。
それだけで、
固くなっていた心が、
ふっとほぐれていくのが分かります。
人間の心というのは、
本当に繊細ですね。
ちょっとしたことで疲れてしまうし、
ちょっとしたことで癒やされる。
私たちが求めているものって、
実は、
そんなに大きなことではないのかもしれません。
高いブランドのバッグだったり、
豪華な旅行だったり。
そういうのも、
もちろん素敵です。
余裕があれば、
行ってみたいなと思います。
でも、
そうじゃなくて。
もっと身近なところにある、
小さな幸せ。
あたたかいお味噌汁だったり、
棚で見つけた旬の野菜だったり、
お気に入りのマグカップだったり。
そういうものに囲まれているだけで、
十分に豊かな気持ちになれる。
そう考えると、
私たちの毎日の暮らしというのは、
思った以上に、
愛おしいもので溢れているのではないでしょうか。
なんて、
ちょっと語ってしまいました。
そこまで深い意味があったわけではありません。
ただ、
そうやって考えてみると、
目の前にある日常が、
少しだけ違って見えてくる。
そんな気がするのです。
そういえば、
先ほどのスイカの話に戻りますが。
結局、
その日は買わなかったんです。
まだちょっと早いかなと思って。
でも、
棚の端っこにちょこんと座っていたその姿が、
なぜか頭から離れません。
今度見かけたら、
思い切って買ってみようかな。
そんなことを考えています。
甘いかどうかなんて、
分かりません。
もしかしたら、
まだ少し早くて、
味が薄いかもしれない。
それでも、
いいんです。
そのスイカを切りながら、
「まだ春なのにね」
なんて夫と笑い合う時間ができたら、
それだけで、
十分に価値があることだと思うから。
暮らしを楽しむというのは、
そういうことなのかもしれません。
完璧じゃなくてもいい。
ちょっと失敗してもいい。
「あぁ、楽しかったな」
と思える瞬間が、
一日のうちのどこかに入っていれば、
それで十分です。
みなさんは、
最近、
どんな小さな楽しみを見つけましたか。
新しいお茶を試してみたとか。
ずっと読みたかった本を開いたとか。
ベランダの植物に、
新しい芽が出ているのに気づいたとか。
どんなことでも、
いいんです。
「あ、これちょっといいな」
と感じた瞬間を、
そのまま大切にしてあげたいですね。
また明日から、
それぞれの場所で、
慌ただしい時間が始まることでしょう。
でも、
大丈夫です。
疲れたときは、
ちょっと立ち止まって、
温かい飲み物でも飲めばいい。
それだけで、
また少し、
前を向いて歩ける気がします。
さて。
そろそろ、
ティータイムにしようかな。
今日は、
どのお茶にしようか。
棚の奥から、
お気に入りの茶葉を引っ張り出してこようと思います。
お湯を沸かす、
あのシュンシュンという小さな音を聴きながら、
ぼんやりと過ごす時間。
こういうのって、
やっぱり最高に贅沢ですよね。
みなさんも、
素敵な休日を過ごせましたか。
また今度、
こんな風におしゃべりできたら嬉しいです。
それでは、
また。
そういえば、
お湯を沸かしていると、
時々、
遠い昔のことを思い出したりします。
子供の頃、
祖父母の家に行ったときのことです。
古い台所から聞こえてきた、
あのシュンシュンという音。
今思えば、
あれはただのお湯が沸く音でした。
でも、
あの時の空気感や、
部屋に漂っていたお茶の香りは、
今でも鮮明に覚えています。
不思議ですよね。
音や匂いって、
思い出と一緒に、
心の引き出しの奥に、
ずっとしまわれているみたいです。
問題は、
日々の忙しさの中で、
そういう大切な記憶を、
つい忘れてしまうことです。
やらなければいけないことに追われて、
目の前のことだけで、
頭がいっぱいになってしまう。
そんなとき、
ふと耳にした音や、
一口飲んだお茶の味で、
急に心がふっと軽くなることがあります。
「あ、私、
本当はこういう時間が好きだったんだな」
そう思い出させてくれる。
そういう瞬間が、
人生には必要なのかなと思います。
ちょっと、
話しは変わりますが、
最近、
お気に入りのマグカップを変えたんです。
いつも使っていたものが、
うっかり欠けてしまって。
新しいものを探すとき、
やっぱりあれこれ迷いました。
大きさがいいかな。
重さはどうかな。
色は、
今の気分に合うかな。
お店の棚を、
一つひとつ見て回る時間。
それ自体が、
小さな冒険のようで、
けっこう楽しかったりします。
結局選んだのは、
少しぽってりとした形の、
白いマグカップでした。
手に持ったとき、
しっくりと馴染む感じ。
これが、
思った以上に良くて。
毎日のティータイムが、
少しだけ特別なものになりました。
こういうのって、
やっぱり、
モノとの出会いも、
一種の縁なのかもしれません。
せっかくなので、
新しく迎えたマグカップを、
今日も使ってみようと思います。
お湯を注ぐと、
ふわっと立ち上る湯気。
部屋の中に広がる、
香ばしい茶葉の匂い。
それだけで、
なんだか、
胸のあたりがあたたかくなります。
完璧な一日じゃなくてもいい。
トラブルがあった日でも、
疲れてクタクタになった日でも。
自分に戻れる場所が、
心の中に一つあれば、
それだけで、
十分に豊かな暮らしなのだと思います。
みなさんは、
今日、
どんな温かい時間を過ごしましたか。
お気に入りのカップは、
ありますか。
もしよかったら、
今度お会いしたときに、
そんなお話も聞かせてくださいね。
そろそろ、
お湯が沸いたみたいです。
やかんの音が、
コトコトと、
優しく教えてくれています。
それでは、
お茶をいれてきます。
みなさんも、
どうぞ、
あたたかくして過ごしてくださいね。