徒然なる -37ページ目

徒然なる

以前は(現在、私は幸せを引き寄せている最中です。そしてそれは、かなりいいところまで来ています。)

現在は、私は引き続き幸せを引き寄せ続けている最中です。
それは今まで気がつかなかっただけで、幸せはいつも身近にあるのでした。

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エソロジー(動物行動学)に関して、以前書きましたが、相当興味が有ったのでそれに関する書籍を探すことにしました。

探してみますと、結構何冊か出ておりまして、明らかに専門書と分かるもの以外を購入してみる事にしました。

先日、書店より送ってもらい、手元に届きましたがまだ読んでません。チラ見した感じだと、動物には、って人間にもですが、何らかの行動のきっかけを与えるスイッチがたくさん有って、そのどれかのスイッチが入ると本人の意思に関係なく行動が起こるそうです。
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心理学では、「吊り橋効果」、男女が吊り橋を渡っていてドキドキすると、それが恋愛からくるドキドキと勘違いして、全く恋愛感情がなかった男女に恋愛感情が生まれる、というものですが、エソロジーにもそんな事が書かれています。


この行動は、フロイトの言う「前意識」という、熟練の意識とでも言うのでしょうか、何度も繰り返し運動をすると、ある回数を過ぎると意識しなくても、無意識に運動が続けられると言うものようです。

最近の研究によりますと、小脳にそのようなサブルーチンが形成されるようだそうです。女性が男性に比べて長生きなのは、このルーチンが多く備わっていて、例えば料理とか子育てとか、そのスイッチを入れさえずれば、ストレスなく運動を続けられる上に、脳が活性化して老化を防止する効果が期待できる、そんなことが関係しているかも知れませんね。

男性でも、職人の方が平均寿命よりも長生きなのはそんな理由からなのかも知れません。


動物行動学とは離れますが、「ハタチ」という単語に、何の躊躇もなく「ピチピチ」と答えてしまう、ま、これはオヤジの証拠ですが、こんなスイッチならいっぱい持ってそうです。「あたり前田の」「クラッカー」とかサ。


このスイッチ、言葉を使っても入れられるようで、ちょっと分厚い本なのですがなんとか読みこなして、女性のあちらこちらのスイッチを2~3個入られるようになると、モテルようになるかも・・・・んなわけないか。

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「法案成立後、近いうちに国民に真を問う」出ましたね、「近いうち」、まだ「記憶にございません」の方が説得力があったような、「近いうち」はおよそ、国会議員が使うような言葉じゃないですよ。


総理大臣が使うくらいの言葉だから、国民は当然「増税分は、いつお支払いいただけますか」と問われたら、「近いうちに」で良い訳だ。

で、解散すればたぶん今の民主党では勝てないので、国会今回期末での解散を視野に入れていた自民党に対しても、時期についても、「近いうちと言うことで特に明確な時期を決めている訳ではない」との弁は輿石幹事長、民主党のナンバー2がこう申しております。
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先進諸外国では、消費税が5%なんて国は無いとか嘯いているが、それは真っ赤な嘘、確かに贅沢品や嗜好品の税率は高いが、「一般消費財や生活必需品に関しては税金がかからない、かかかっても日本よりも低い税率なんだって知ってた。」と豆シバに言って貰いたいくらいだよ。


日本は、一律10%アップ。酒税に関しては、焼酎は残念ながら税率が上がってしまったが、第2、第3のビールを開発して大衆に貢献してくれている企業努力、ありがたい事です。それに比べて、国会議員は年間2千万くらいの所得があるんだから、議員一人一人が大企業の社長クラス、でも果たしてそれだけの能力のある人が居るんだろうかネ。


ま、エコカー減税・補助金ってのも、何か胡散臭いよね。


国民の常識からすると、「近いうち」ってのは実現しないことを言うんだけどな。

「今度、飲みに行こうよ」

「ええ、近いうちに」

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無茶って、その昔来客があったときには必ずお茶を出したそうでして、無茶とはお茶も出さないような事をしてしまったという意味だそうです、その他にも無茶から派生した、滅茶苦茶、滅茶滅茶、などが有りますね。

このような言葉が生まれるくらいだから、お茶は、生活に密着していたんですね。現在は、そのような、生活習慣から発生した言葉が生まれてるんだろうか、多分有るんだろうとは思うのですが、俄かには思いつきません。
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「おいおい、せっかく兄貴が着てくれてるのに、裏口から居なくなるってのは、ごあいさつじゃねーか」

「なんだいなんだい、その、鳩が豆鉄砲でも食らった様な顔はよ」

「白を切るんじゃねーぜ、ネタは上がってんだ、じたばたしやがると為をみねーぜ」

「おとなしくしてな、でねーとお前の、ドテッパラに風穴があくぜ」

「ま、その方が風通しも良くなって、ちったあ涼しくなるってもんだ」

「おいおい、パチンコでも探してんのかよ」

「そんなとこ探しても無駄だぜ、さっきくずやが来て拾って行っちまったからな」


昭和の日活の映画の台詞に、何かこんなのが有ったような気がして・・・

この頃の日活映画で使われた架空の拳銃、「日活コルト」って名前だったかな。

元になった銃は「ブローニング380」と「コルト38」雰囲気はブローニングに近いですかね。

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最近では、朝夕はそれほどでもなくなりましたが、まだまだ日中は暑い日が続くようです。

同時にこなさなければならない作業が山盛りの木曜日が終わると、脱力感を覚えます。

基本的に、全てに対して、時間的にも一生懸命に取り組むって事が出来てないので、なんとなく不完全燃焼、これ、何とかならないものかと。

始めて見て分かったが、このままだと、どの作業も中途半端な活動になってしまうので、せめて曜日をずらすとかする必要があるな。


「質が落ちる」と感じてるってこと。

でもね、まだそれほど試行錯誤を繰り返したわけじゃないので、もう少し様子を見る必要があるのかもしれないな、量を重ねろって事かな。


ある程度、サンプリングの量が増えれば、方向性も見えてくるものです。

豆を、ザルの中で揺すっていると、いつの間にか豆は収まるところに収まる、まだ、揺する回数が少ないだけなのかもナ。

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いま、ひそかに消えて行ってるもの・・・なんて題名で書き始めましたが、今日お会いしたメンバーから読めと薦められて読んだ本に衝撃的なことが書かれてました。


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で、改めて身辺を見回してみますと、その兆候があまりにも多すぎるので驚いております。

おそらく時代を牽引してきたであろう、人や物が気が付くと無くなっているんですネ。私は、まだ有るって思っていたのですが、もう既に存在しなくなっていました。


それは、例えば、レバ刺し。日本では、今後一切食べることは出来ません。

次に、仕事が終わって、道路に腰を掛けて、美味しそうにタバコを吸う老人。大谷地区に当たり前に見られた、石工の住居。

放課後、学校の校庭で遊んでいる子供たちや近所の人々の姿。それに、おかげ様と世間様、逆に増えたなに様。

今でもあると思っていた、小学校の前の駄菓子屋の店舗。ケンメリのスカイライン、GTR、ナナハンと呼ばれたCB750、フェアレディZ、絶対に復刻伴なんて出ないよね、乗る人が年だもの。(写真は、以前乗ってたYANAHA XS650、直列2気筒なので、まーアイドリング時の振動が凄かった。)

そして、歌手の方や、俳優さん達。私の知る俳優さん達は、もうかなりな高齢ですので、今後も出演される作品は見る事は出来ないでしょう。


その、有名無名に関わらず、その人やものたち、確実に、時代は変わっているわけです。

どうも、それらは70年周期だそうですよ。


それらとは、キッパリと整理をつけて、これからの未来を作る流れを一人一人が創って行く覚悟をしなさいと書いてありました。

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先日、各放送局の、オリンピックの再放送を探しておりますとE-テレで「おっ!と思われる文章を書く」というテーマの放送が目に留まり見てしまいました。

ま、詳細はいずれにしても、AKB48の昨年のヒット曲「フライングゲット」だそうであります。

違う・違う(ーー;)、「ツナカンゲット」です。ツナは接続詞、カンは関連、ゲットはターゲット。

誰が読むのかを想定し、関連する材料を集め、適切な順番に並べて接続すると、文書が面白くなるつーことらしいです。

料理を例えにお話がありました、しかし、番組全てを見て理解したわけではないので違ってるカモ。

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夏といえば「カレー」、夏は、特に今年のような猛暑の夏は、なるべくなら火を使わないで料理を済ましたい。でも、夏バテも心配だし、ってな時に「カレー」は最適、普段不足しがちな野菜も微塵切りにして煮込むと、驚くほどの量をとることができますし、比較的日持ちがするので重宝します。冷めても電子レンジで再加熱すればOK、手軽です。


で、題名にあります「二日目のカレー」ですが、毎日ブログを書く事、特に飲みすぎちゃった時とか、休み明けはちょっと疲れちゃって思うように文書が綴れません。

それでも、続ける事で色々なアイディアが湧いは消え、湧いては消えしてきて、活性化します。


二日目のカレーも、少し火を通さないとお肉の脂やデンプンが固まっていて美味しくありません、そんな状況を連想したわけなんです。

最初、弱火でトロトロと暖めていると、ルーが段々と柔らかくなってきて、掻き回しているとやがてブクブクと気泡が上がってきます、ブログを毎日書くとく言う作業はそんな感じです。


固まってしまった思考が、ブログの文書を一文字一文字かき繋げる事で、脳が活性化してきて、気泡のように思いもしない良いアイディアが浮かんでくるわけです。いわゆる閃きって表現すれば近いでしょうかネ。


重要ですよね、繰り返し。

以前は、こんなもんじゃなかった何て言う人居ますが、それは分かります、でも、一週間も火を通さないカレーは、悪臭を放ち、周りにも迷惑、そんなカレー食べられたもんじゃないワネ。食うと死ぬゼ!

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相手の立場になって行動する。


これ、最近思い浮かんだブログネタなんだけど、この後何を書こうとしたのか分からない。というのも、ここまで書いて下書き保存したまでは良かったのだが、そのまま放置・・・

確かに書きたいことがはっきりしていた事だけは覚えてるが、それが何かは分からない。ちょっと目を放した隙に、記憶の海へと沈んでしまって、未だに浮かび上がってこない。


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諦めなければ、とうでもいい話題でなければ、必ずそのうち思い出すものです。待ちましょう、浮き上がってくるまで。


ま、こんな場合、何かが足りてないように感じる、やっぱり食べ物かな(*^。^*)オイオイ


ここはひとつ、今日のランチは、ブログ仲間の某料理研究家お勧めの「下野農園」行って見ますか!!

最近は、地元のテレビ局に出演されていて大活躍。綺麗だしね。

あ、わたしも、地元のテレビに「写った」ことはあります。チラッとだしね。


ここ、結構混んでるんだよね、それに女性客多いし。


写真は、以前行った、別な「農家レストラン」のランチです。

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暦の上ではもう秋、本日は立秋なんですね。8月に入れば、時候の挨拶も「残暑お見舞い申し上げます。」ってなります。

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「オーシンツクツク・オーシンツクツク」とツクツク法師が鳴くころはもう、夏休みの宿題の事を考え始めなくてはいけません、もう夏が終わってしまうと考えると悲しい感じがします。


とは言っても、まだまだ猛暑が続きます。夏を満喫する覚悟をしないと、あっという間に夏は終り。

そんなわけで、今しか出来ない事、今の季節を楽しみたいと思いまして、いろいろと仕入れてまいりました。

猛暑の影響で、夏野菜も値段が下がっているようでして、こんなに買い込んでも、驚くほどの値段。


さ、これからレシピを考えますヨ。

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先日、ラジコンで利用させて頂いている体育館の清掃がありました。当日、二日酔いの顔をぶら下げて参加いたしましたが、ある女性のおかげで、無事作業を終えることが出来ました。

本当に、男にとって女性の力はありがたいもの、パワーを頂きます。この場をお借りしてお礼を申し上げたいと思います「ありがとうございました」。
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何度か、体育館の大掃除は実施されているのですが、今回の掃除は別格、文字通り隅々までピカピカになりました。


で、そこでなされた会話の中に誠意とか真心みたいな、相手を気遣う言葉が聞き取れました。最初のうちは、初めての参加の方が多く(実は、私も初めて(ーー;)、以前の清掃はサボってました)、要領も分からずギクシャクとしてましたが、作業も終わりに近ずくころになると、効率的で無駄のない作業に変わってきました。


そこで感じたのですが、言葉によるコミュニケーションよりも、もっと多くの情報を持つ伝達手段があるのではないかということです。

掃除はボランティアですから、報酬を期待して作業をしている人はいません、しかし、一生懸命になって公共の場を報酬を目的とせずに、もくもくと作業をする姿を見るうちに、あまり乗り気ではなかった作業にも身が入ってくる、自分がここでサボっていては申し訳ないという気持ちも湧いてくる。何か、そんな一体感見たいなものを感じられたからなのかもっ知れませんね。


以前受講した「上級心理カウンセラー」の教本によりますと、コミュニケーりょんを構成する要素に、身体的によるもの、声によるもの、言葉によるものがあるようで、それぞれの情報伝達の割合は、身体的な動作による情報量が全体の55%、声による部分が38%、言葉はなんと7%という数字が出ておりました。なるほどね!!


ま、しばらく積ん読っだった教本、役にたったジャン。一応、修了試験までは合格してるので、これを期に資格検定試験に挑戦してみるかな。

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オリンピク日本代表、個人戦に比べ団体戦となると俄然力を発揮する。
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お互いがライバルであるはずなのに、こころがまとまると強くなるんだね。

信頼関係とか、絆と理解してもいいのかな。


それに比べて我が組織、頭が痛い!ドラッカーの「マネジメント」などに色々と方法論みたいなものが書かれているが、それをどの場面に活かすかはリーダの人格によるんだろうな。

方法を、理論をいくら知っていても、人間の感情は時々刻々変化するもの、ちょうど手の平に乗せた棒のようにフラフラと揺れているようなもの、ある方向性を持たせた方法を適用しても、次には別な修正も必要になってくる。


多くの場合、それを邪魔してるのは「自己重要感」に根ざした「言葉」の使い方、組織に限らず、破壊を生むのは「妬み」「怒り」「貪り」「謗り」「恨み」その感情により、破壊が生まれるってことを知らないし、さらにそれをコントロールできない人の方が多い。そして、それを簡単に「言葉」にしてしまう。案外に自分では気がついていないけど、この、感情的、この場合怒るという意味の感情的ではなくもっと広い意味での感情的なのだが、その状態で発した「言葉」は事態を良くない方向へ導いてしまう。


これを、一言で言うならば、「人格」なんだろうなと思う。特に、人格者と呼ばれている人、競技などで入賞経験のある人や、これから頂点を目指している人は、皆一様に、他人には温和で優しいしが、自分に厳しい。所謂、依存とか甘えがない。

この、「人格」は、間違った対応をしてしまったときに、それをすばやく素直に認め、次への対応が早いし、しかもそれが的確なんですね。


取扱説明書があって、懇切丁寧に説明がなされていても、作業を間違えてしまうことだってあるんだから、通り扱い説明書など存在しない「人生」では、間違えて当然。

しかし、間違えたとわかったら、すばやく行動を修正して、正しいと思う方向に進むための対応をする、これ必要な事です。


結局、自分のことなのに、他人事のような依存体質、これ、年齢には関係ない、何よりも本人の自覚に依るしかない。


挑戦を忘れてしまった人は、魅力がないのかな。

魅力のない人は組織に居ても、本人にとっての負を担うだけ。組織にとってもプラスにはならないのだろう。


今後は、自分を信じて、皆が笑顔になれるように前に進むだけだ。