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中山正和著「釈迦の悟り・天才脳の構造」によりますと、みぎ脳にある記憶はイメージ記憶、芸術の脳と言ったら良いんでしょうか、その記憶は経験から得られる記憶で、嘘が無い真実の記憶だそうです。
仏教においても倶生神という神が、その人の一生の瞬間瞬間を克明に記憶するそうです。
「倶生とは、倶生起の略で、本来は生まれると同時に生起する煩悩を意味する。
人が生まれると同時に生まれ、常にその人の両肩に在って、昼夜などの区別なく善悪の行動を記録して、その人の死後に閻魔大王へ報告する。左肩にある男神を同名といい、善行を記録し、右肩にある女神を同生といい、悪行を記録するという。」
で、この、イメージ記憶を操作するのは左の脳でしわゆる「心配」とか「妄想」です。膨大なデータベースである右脳、言って見れば図書館、記憶が本と例えると、左の脳が自分の都合の良いように真実に関係なく、適当に関連する本を引き出してきて、うまいこと編集して架空のストーリーを創りだしてしまう。
この、左の脳は計算とか論理の脳と言われていますが、それは、言葉に代表されるように必ずしも、日本の政治家のごとく真実を伝えているとは限りません。
この、生まれてから構築されてきたちょっと怪しい左の脳の論理性。こっちよりも、右脳の方の、いわゆる「勘」のほうがどれだけ正確か。これ、集合的無意識って表現されてます。
ま、心配とかは、実はおばけと同じように、自分が創りだしている妄想なので、マイナスな要素のある心配は意識して忘れ去るように努力したいものです。
中年を過ぎて、肩が重くなってきたなと感じたら、ダイエットをお願いしてみたらどうでしょうか、特に右肩の方にネ!







