小説K,氷 -20ページ目

無題

三度目にすれ違うときには自然と挨拶を交わしていた。

彼女は、ぼくに気がつくと、笑顔で「こんにちは」と、言った。

彼女が挨拶をしてくることをあらかじめ予想できたので、ぼくも、「こんにちは」と、返した。

人を遠ざけていたぼくが仕事のこと以外で他人に口を聞いたのは、久しぶりのことだった。

ある感情がぼくの中で芽生えはじめようとしていた。

だけどぼくは大きくかぶりを振った。

そんな訳ないと。

SleepingBeauti

彼女が何にたいして微笑んでいたのかはわからなかったが、ぼくの胸をざわつかしたのだけは確かだった。

次に会ったのも、やはり廊下だった。

この時、初めて彼女の声を聞くことになった。

高くもなく、低くもないが少しハスキーな感じのする声だった。

ぼくは廊下で彼女を見つけると、俯き、視線を避けるように通り過ぎようとしていた。

彼女はぼくの前まで来ると、歩くペースを少し落とし、「こんばんは」と、言った。

何年も人を遠ざけてきたぼくは、他愛もない挨拶すら返すことができずに、ただ頭を少し下げる低度の会釈を返すのが精一杯だった。




http://no-ichigo.jp/read/book/book_id/373735 のいちごにて公開してます。

SleepingBeauti

初めて彼女にあったのは、引越して間もない秋の夕暮れだった。

アパートの廊下、彼女はぼくの隣の住人だった。

色白で目が大きくて、人間というよりは、お人形さんと言ったほうが似つかわしい女の子だった。

デート帰りだったのか、ピンクのワンピースに白いカーディガン、それも、モコモコと装飾のほどこされたカーディガンを羽織っていた。

彼女は自分の家へと、すたすたと歩き、まるでぼくを障害物かなにかの置物のように、ひらりとかわした。

すれ違いさまに彼女と視線があった時、彼女は少し微笑んでいた。