ここ最近になって、度々、痛みに襲われることが増えた。


それについての理由ならば大方の見当はつく。 


首から下の器官は、喋る事ができない。

だから、痛みとか怠さ痒みといった感覚で意思表示してくる。


たとえば『あの…肝臓なんだけど…細胞が破壊しかけてるから、どーにかして。。』みたいな気怠さでもって。


因みに肝臓は『沈黙の臓器』等とキザな形容で言われたりする。


まあどっち転んでも痛むこと自体が『肉体からのメッセージ』そのものってことらしいんだ。


でも。そうやって幾ら急かされたところで、何だか素直に聞く気にもなれないような…そんな『複雑に拗れた気持ち』がムラムラと頭をもたげてしまう。


あ、そう? ならそれって良い機会なんじゃ?』とか思ってしまう。


とは言え体調不良だと些かシンドイので、リクエストにお答えしないわけでもない。





……そしてきまってこういう事態に遭遇すると、

亡き父母に恨み言のひとつも口にしたくなってしまう私がいる。


私が生まれた頃の生家は印刷屋と不動産屋を併設していた。


父は福井の生まれで家はその昔、大野藩の郷士だったと聞き及ぶ。


母の話では、曽祖父の代までは名主を務めていたそうで、ひと村一帯の大部分の土地を有する指導者的立場の家柄だったとのこと。



父は死ぬまでそれが自慢だったらしく、小心で意気地なしで、そのクセ、威張り散らすばかりで自分じゃろくすっぽ家族も養えなかったクセして、自身の出自だけが『最後の砦』だったようだ。



そして祖父の代で、祖父が放蕩の限りを尽くしたせいで没落してしまった事に対しては、随分と恨みを抱いていたようでもあるが……。



因みに……。古の忌まわしき風習として過去数代に渡り、いとこ婚を繰り返していたとも聞き及ぶ。



それだから曽祖父のような頭脳明晰にして人格者という人物も輩出された反面で、父のようなASDに統合失調症を併発したような者とか、脳性麻痺のために夭折した親族もいたとも聞き及ぶ。



没落後、

一族は北陸の山村から神奈川県へと落ち延びた。


当時、戦時中の木材統制機関であった会社の残務整理担当BG(今で言うところのOL)だった母は、臨時雇人だった父と出会い、その境遇に同情したとかで結婚したのだと聞かされている。



因みに母という人は、どうも東北地方で生まれたらしいが生後20日目にして東京下町に住む養父母夫婦の養子として迎えられた。



が、然し、義祖母と義姉により虐待に近い状態で冷遇されていたらしく、堪りかねて18歳にして自立したのだという。



これと、因みに…って話になるが…



母という人はそういった修羅場を幼年時から体験した影響からなのか? 

一度も化粧したのを見たことがなく、性格は常に沈着冷静で、物理学とかの理系学問には矢鱈と詳しい人だった.。



…まあ当時としては、かなりの変わり者だったと自称するとおり、「頭が良いのに冷徹」だと言われ、親族からは煙たがられ、ハブられてたような人だった。



(いや、母ばかりでなく私なんぞも

『お前はかあちゃんソックリだ!屁理屈ばっかりペラペラくっちゃべってて可愛げがない💢』等と、

 実にありがた〜いお言葉を賜ったものだが…)




そして、私が生まれた。

因みに私が生後3ヶ月かそこらだった頃。


その時分にはまだ、

内風呂は薪で焚いていたとかで、

十九も年上の異母兄が庭で薪割りしている最中に、

斧の先っちょが柄から外れ、庭先の居間の赤ん坊の寝床に刃の部分がぶっ飛び、丁度赤ん坊の枕の下辺りに突き刺さったのだと言う。


然しそれを予め、「嫌な予感」という形で察知して、

赤ん坊の私を抱き上げ仕事場に避難させたのは、他でもない私の母だったのだという。



何物にも代えがたい、偉大にして尊き母の愛。



心からそう思うし、なににも代えがたいと感謝しない日は1日とてない。


クリスチャンとなった現在も、仏壇に手を合わせぬ日など1日もない。父方と母方の祖霊への感謝の祈り。

然しなにより縋りつき、感謝の念に心が震えるのはやはり母に対してである。


然し、40くらいまでの私は、時として。

なんで母さんは生後3ヶ月のワタシを助けたりしたの?そのまま放っといてくれればよかったのに!?

なんぞと親不孝な文句を母にぶつけていたものだったし…


今もなお……。

困った事に、自身の間抜けさ加減とか老いてゆく苛立ちは不定期に襲ってくる。


その度に、

体調不良か……。 返品して貰う時期の到来かも♪

だなんぞと愚かな狂喜乱舞の念が湧き上がるが。



どうも返品日は、まだちょっと先のことらしい…

という事が、商売柄なのかそんな事もないのか?

ともかくも分かっている。



でも、好きになれない所がある。

生来の完璧主義的思想に、自らが踊らされ憔悴し、そしてすべてをぶち壊してやりたくなる……。



そうだ……!

これこそが、憎っくき親父系遺伝子の仕業なのだ!


…分かってる、分かってるってばよー! 

だからこそ余計に許せないんじゃないかィ!


とかなんとか。


そうやって自棄っぱちみたいな

ヤブレカブレな心境に陥ってしまうのだ。



そして透かさず母の遺影に縋りつき、助けを乞う。

「がーぢゃん、。助けてちょーー(ToT)!!」みたいな調子で。



因みにこれらの振る舞いをβ化現象と呼ぶ事にする。



この無限ループβ現象の合間に、『すべき事・しなきゃ終わらない事』もはっきりと自覚しており、ノロマながらもコツコツせっせとやり続けてる。



因みにこういうトコロこそが、母から受け継いだ遺伝子の働きなのだと気付いたのは、つい最近。



因みにこういう振る舞いをα化現象と呼ぶ事にする。



ごく冷静に自己観察したところ、

1日あたり α化現象とβ化現象の発現割合は5:5である模様。


その根拠は、β化頻度が増大しないように意識的にコントロールしてるから。


然し気を抜くと忽ち、割合値は3:7に変動してしまうし、恐らくもっと放っておけば値は1:9に急変する恐れさえある。


正に、『エントロピー増大の法則』を自身の中に体現する結果となってしまう。



だからそれを阻止する手段として『意識的にコントロールする』。



それにより、上述した『やけに長たらしい身の上話』に対するネガティブシンキングはかなりの割合で制御が可能となるのだ。



そして、同時にこれは。

体調不良のメッセージに関してもしかり、『逆説的エントロピー増大の法則』に則って行く生き方でもある。




過去に闇を残したまま

己の人生を嫌うという動作を繰り返していれば、いずれは孤立して自らの秩序を失っていく。


だが。


外部要員(汎ゆる情報・またそれを基に経験則との対比を検証するなど)を取り入れることで見聞(知的エネルギー)を蓄える事で一時的・局所的に秩序を保つことになる。


何故なら、人とはそういう生き物だから。


そしてまた。

人というものは文明発展のために、都市や法律といった高度な「秩序」を築けば築くほど、その維持のために、或いはそういう掟の目を誤魔化す動きの膨大なエネルギーを消費し、結果として地球全体の「無秩序」を加速させてしまう生き物でもある。



これに対して私は逐一、目クジラを立て、

イチャモン付けたり拗れたりしてた訳なんですね。



ならば、いっその事その学説を逆手に取ろうじゃないのって思うようになりまして・・・



というのか、自然の成り行きでそうなってるというか・・・




斯くして、α化現象とβ化現象の比率は今後は益々統制の取れたものとなる気配。




兎も角も、検査受けに行ってこようと思う今日この頃ではある。



己の寿命を己で操作するなんて傲慢不遜な真似は、

◯んでもやらないつもりなのである故……。





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