この季節になると、
怖い話を聞いたりお化け屋敷に行くのが
一つの伝統的風物詩として受け継がれている。
では、オバケのモデルとなったのは
一体、誰よ??って話なんですが…。
それは誰あろう、
この世に思いを残して亡くなられた
少なからずの元都民とか県民の方々ですよね。
あ、もちろん
道民の方々とか府民の方々もいらっしゃいます。
選挙権とかは全く関係ありません、この場合は。
では一体、なにが彼らを
そういう気持ちにさせたのか…?
それはずばり。
「欲望を手放せない」という、
一身上の都合が引き起こした……
つまり、自ら選んでそうなった訳です。
特に「廃屋」とか「病室」に
貼り付いたまんま動けずにいる地縛霊さんには
その傾向が強いとのデータも出ております。
(一体、何処のデータだよWとのツッコミも予想されますが、此処は一つスルーということで)
ヘミシンクで定義される
フォーカスレベルで言うなら
フォーカス23程度の方々。
この方々の多くが
同じ日を延々と繰り返してる。
つまり、その日に遭った出来事に興味がある。
興味なんて言い方したら
「う〜ん、違和感〜」てなことを言っちゃうような、「頭が石田さん」な方にも分かりやすく言うならば、
例のフォーカス23さんてどんな霊かっていうと、
①その当日に遭った、生まれて初めての出来事が、
悔しくて理不尽で「自分は被害者ですからっ」ってなってるケースが最多で、ジ○ツ者に多く見られます。
それとか、
②「1,342兆1,720億円を取り戻すまでは、断じて死ねん!!(国の負債額だろ、あんた??)」
と言ったようなお悩みを抱えたまま、
ご病気でお亡くなりになった方も多くはないけど
(そういう額で悩むこと自体が)
兎も角、中にはいますよ、正直なところ。
またあるいは、
③「僕にはまだまだ叶えていない夢がある…
ああ死にたくない、よりにもよってこんな時に…」
耳にしたこちらまでもが胸が苦しくなるような言葉。
最初のお方は
「腹いせしたいという心理」が何処かに潜んでる
所謂、社会的欲求だし、もうおひと方は金銭欲…。
そしてもうおひと方は、達成欲。
まあ、何れもがな、
仰っておられる内容が「欲望を果たしたい」
ということに変わりはないのですが…。
こういう類の「意識体」のフォーカスレベルは
押し並べて高くないのが特徴といえます。
因みに生者のフォーカスレベルは
フォーカス1〜15とされてます。
しかしですね。フォーカス15なんて言ったら
もはや、時間の存在しない状態を指しますから。
なにせ、
過去や未来の概念が薄れ、逆に深い瞑想や内省、
エネルギーの探索が行える領域な訳ですから。
日常的な生活を送ってるだけなら
滅多にそういう状態にはなりません。
そもそもそんなんでは、まともに暮らせません。
私も含めた大多数の皆さんは
フォーカスレベル1の状態で暮らしてます。
(植物人間となった患者さんや重度認知症の人は
例外的にフォーカス22であると考えられている)
やがて肉体の命が尽きる過渡期に
フォーカス21ーー
あの世とこの世との境界を迎えて。
いよいよフォーカス22ーー
物質世界との繋がりが混乱している状態を迎えて。
そして終に、意識は微小管から流れ出で、
肉体の束縛から離れフォーカス23(肉体を失った直後(亡くなったばかりの人が留まる状態))となる。
「肉体の死」と「フォーカスレベルの推移」との相関関係が、このように連動している中、
生前の記憶は?
そして意識の正体は?
「量子脳理論(Orch-OR理論)」の観点では量子であるとされている。因みに「量子脳力学」でもこの見解は一致している。
因みに量子とは、
高性能の「情報や記憶をギューッと詰め込んだ、
目に見えないエネルギーの塊」であるとされる。
スピ系関係者の言い分では、
「死後には半分以上の記憶が喪失する」等と言うことらしいが、仮にそれが真実であると仮定するならば、
量子とは、
「脳という枷を外れてバラバラに拡散し、宇宙に満ち溢れる膨大なエネルギー波と(量子もつれ、または同化)を起こす」現象のことを言っているということらしいんだ、これが。
(スピ関係者の表現が抽象的なせいで、折角の理論も、胡散臭いの一言で片付けられがちなのですが…)
と、いうことで。
此処いらでやっと閑話休題。。
長すぎた○○で大変にご不便おかけします。
かなり ↑ の方に書いたけど、
人は無意識に「思い込み」を拵えてしまう。
そしてその思い込みこそが、
死後のフォーカスレベルを
決定することになるのです。
先程、フォーカス23というレベルについて
書いたと思いますが、
それって生前、どんな生き様だったのかで
フォーカス23に囚われやすいタイプって
ちゃんといるらしいからね。
では、どんな人が囚われやすいのかというと・・
1、強い世俗的執着を持つ人
お金、権力、特定の人間関係(不倫、愛憎)への強い未練。肉体を失った自覚がなく、生前の欲望を満たそうとループする。
これは↑ の
②の1,342兆1,720億円のじいちゃんに間違いありません。死に欲とはまさにこのこと。
2、突然死や不慮の事故に遭った人
自分が死んだこと自体を理解できていない。「なぜこんな目に遭うのか」というパニックや怒りの感情だけが残る。
これはどっちかでいうと↑ の①のお方ですね。
「死んでツラ当てしてやろーと思ってたのに死ねてない!!」という声が聞こえてきそうです。
3、強い後悔や無念を抱く人
「まだやり残したことがある」「裏切られて悔しい」という強い感情。その一瞬の感情のピークで意識がフリーズしている状態。
これはもう↑③の熱血漢で即、決定です。
執念の塊とはまさにこの人のためにあるような言葉です。
4、厳格な宗教的・固定的観念を持つ人
「死後は無になる」「罪人は地獄に落ちる」という強い思い込み。次の段階(フォーカス27など)へ導く光やガイドが見えず、その場に留まる。
宗教的な秘跡の為に
集団自決をする団体などが挙げられます。
殉死を成し遂げること自体が、
聖なる神よりの秘跡であり、
神とともにあらんことを願う行為であるとも…。
まさに、確信行為以外の何物でもありません。
例としては、死んだ人の話ばかりになっちゃってるけど、この例は生きている我々にも該当する事実なのです。
フォーカス1にあるのは肉体(五感)だけ。
私たち人間の意識は、その肉体をアバターのように動かしている、多次元領域の存在なのです。
とは言え、長年にわたり持ち続けた観念を変えるなんて至難の業だということも、分からない訳でもありません。
でも、人とは常に
Transfomation(変容)し続ける生き物です。
心の曇りは何故、曇っているのか?
過去の思い出も然り。
あの時に死ぬ程辛かった…
筆者にもありましたよ。そういう経験なら山程。
でも、でも。一体どのへんが
どのようにして辛かったのか?
「どんなに時間が経とうが関係ない!
彼奴から受けた理不尽な仕打ちだけは絶対、
忘れない!」
そういうお気持ちも分かるんです。
でも、真実は「思い出は時とともに変容する」
たとえば時とともに曖昧になったり、
正確さを欠いていたりとか。
幾ら不幸に遭遇したところで、
反対に夢のようなハッピーな出来事に喜んでみたところで、肉体という衣を着た身では限界がある。
肉体は、意識が物質世界を体験するための「乗り物(衣)」や「制限装置」という考え方があります。
肉体(脳)を持っている状態では、どんなに強烈な不幸や幸福を経験しても、肉体の脳の機能(時間の経過による風化、忘却、自己都合の書き換え)という制限を受けるのです。
因みに、身体を構築する要素の量子の質は、
生きていても死んでからも変わらない。
そして私が今回、お伝えしたかったことは、
「外を見て自分と比べる前に、自分が何者であるのかをよく知ることだよ!」ということです。
これって現代人が割と苦手な項目なんですよね。
それだからこそ、自分の外側にばかり答えを求め、
承認欲求に頼ろうとしてしまう。
同調圧力は確かに存在します。
でも、だからって何だというのでしょう?
それは「ヨソ様の都合」でしかありません。
誰かの顔色を伺い、同調圧力に合わせる生き方は、
一見楽で得なこともあるかもしれません。
でも、そんな小さな安心と引き換えに、
自分の本質を見失ってしまうのは、
あまりにももったいない。
コロナ禍のマスク騒動の時もそうでした。
誰かに強制されるからではなく、
自分がどう在るべきかは、本来自分自身が
一番よく知っているはずなのです。
お互いに
外側の承認を求め合う共依存のループの中にいては、意識のフォーカスを高く上げていく(高次元へ進む)ことはできません。
私たちはもっと、
自分という存在の本質に誇りを持って良いはずです。
私たちの身体を構築する量子も、
その本質にある意識も、
もともと宇宙の偉大なエネルギーそのものです。
外側の世界がどれほど騒がしくても、
誰がなにを言おうとも、皆さんの本質の輝きが
損なわれることはありません。
誰かの承認を探す旅は、
もう終了ってことにしませんか?
今、この瞬間から、意識のフォーカスを
「外」から「内なる自分」へと戻していきましょう。
あなたが何者であるかを知ったとき、あなたの世界はもっと自由に、もっと高く広がっていくはずです。
