平成二ケタ初期の頃のほんの一時期だけ、
ネット界隈に、
名を刻もうとした男がいたことを知る人は、
ほとんどいないだろうと確信してやまない
今日この頃。
登場人物・団体名称などは、敢えて仮名匿名としておく。
後々、公開したことがキッカケで
大いなる後悔となることを防ぐためにも。
(当方は、しみじみとした寒さが売りなので)
その昔、
筆者は約二名の同朋と「AFO占術研究所」、
略して「アフォ研」というのを結成しており、
なにせ『アフォ研』なだけに、
非ぬ誤解と痛い視線を注がれたものだが。
と、いうのは理由がある。
「占術研究所」とは名ばかり。
占いなんて1ミリもカスってなかったのだ。
例の、ド変人リーダーの
儲けたいという神頼み的な欲望と、
みなが一堂に介してカップ麺なんぞを
ずるずると食いまくるだけが目的の
まさに、不毛を絵に描いたような
非生産的な集いであったことに起因する。
一応、リーダーはいて、
シロヤさんという(仮名)。
次に助手もいて
仁下多(ニゲタ)さん(仮名)という。
そして筆者(まさかの匿名!)
これはもう、会に咲く1輪のボケの花。
因みに、この中で占い師は筆者、
ただ一人のみである。
……じゃあ一体、
何のために「占術研究所」
なんぞと銘打つのか?
理由は単純だ。
「そういう名前だと縁起がイイから」
今更ながら、つらつら思うに。
「あの頃の私はとてつもなく
『物好き』だったよなぁ…」と今はただ、
思い出を噛みしめるばかりである。
まあ、こういったような相関図なのだが。
今回、問題として再浮上しているのがリーダー。
シロヤ氏の口癖は、
「いい加減にシロヤ!」だった。
こういった史実は全く知られていないが
こういう類の都市伝説は、また別の機会にでも。
ところでこのシロヤ氏には、
けっして捨てることの出来ないパートナーがいた。
そして それは、
もはや人ではない!
では一体、何者なのか……!
他でもない。
ピンク色の固定電話である。
しかも、その呼び名を
「もしもし電話リリちゃん♡」と
シロヤ氏自らが名付けたとかで、
夜などはベッドにまで連れ込み、
ぎゅぅ〜っ(´ε` )と抱きしめていたとか、
いないとか……。
そもそものきっかけは。
シロヤ氏の、学生時代よりの知己が、
電話受注のみに限定した業務形態を取り入れた
「現在の出前館の草分け的業務」に
勤しむ姿をみて、甚く感銘を受けたとかで、
これをそっくりパクって
しかも、最愛のリリちゃん♡を道連れに、
「生まれたての愛をお届け♡デリバリ」
というのをやり始めたと……。
でも実情に、1ミリの愛もない。。
利害のニオイぷんぷんと漂う
世知辛さマックスな裏事情が
横たわっていたのである。
取り扱い商品は、
シリコン製のアヒルのおもちゃ
(ラバー・ダック)。
しかも、である。
尚もキ印なことにシロヤ氏は。
500箱ほど仕入れてきたアヒルに
「金の卵であれ!」との望みを託し、
「年収百億円、百億えーーん!」というような、
異常なほどに 上ずりまくった声で
箱に向かいお題目を唱えていたのである。
もうこうなってくると
同じ部屋にいることすら危険である。
みな、メンバーは、
シロヤ氏の別宅に近寄りがたくなっていっていた。
そして終には、某国立大生のニゲタ氏が、
試験勉強で忙しくなったことを理由に
その名のとおり、逃げたのである。
一方、慈悲深い性格の筆者には、
そういう薄情な仕打ちは、
死んでもできない芸当であったゆえ、
まあ、二、三週に一度くらいは
シロヤ氏の別宅を覗きに行ったものだが…。
ところがある日のこと。
家が取り壊されるのを目撃した。
敷地には重機が乗り入れられ、
グワーッと音を立て家屋を破壊している。
そしてそれを眺めている老紳士と
ふっと目が合ったのだ。
紳士は無言でこちらを振り向き。
そして、その目を見つめる筆者も、
その眼差しに察するところがあり、
深く黙礼をした後で
「ご子息はご実家に?」と、
不躾にもお聞きしたのである。
老紳士はその時に初めて
フッと、暗い目をして笑い、
「うちの工場で働かせます」と。
深く溜息をつかれ、そして更に
「未熟な奴で、困ったもんです…」と
何処か寂しげに仰ったのである。
あれから数十年。
私も、あのシロヤ氏のお父上と
恐らくは同年輩になろうとしている。
あの頃の私にも、存命する親がいて、
何処か人まかせなような、
風来坊を気取ったようなところがあった。
それは恐らく、
シロヤ氏も同じだったに違いない。
その後は、全くの音信不通となり。
今、何処でどうしているのか?などは
全くわからないが、
しかし私よりも年長で
もう既に後期高齢の域に入ったであろう人が
まさか、人まかせという訳にも行くまい。
そう。私と同様に。
あの、平成という
2009年が訪れるまでの
ゆるゆるとした空気の中で、
しかし誰もが、何らかの「夢を抱いて」
生きていた時代…。
お互いが、息が掛かるほどに
面と向き合い、夜が更けても尚、
熱く語り合ったあの日々…。
令和に抱く夢。
そして、
平成に抱いた夢。
どちらも平等に「夢」で、
しかしどちらも所詮は
「己との対峙」とか
「孤独な戦い」を孕んでいるものだ。
それが分かり難かったのが平成なら、
それがより顕著に分かり易いのが令和。
そう、今という時代なのだろうと
筆者は思うのである。

