歴代のNHK大河ドラマの中で、

興味深くそしてまた、印象も深く、

涙無しには見られなかった作品と言えば、

 

此処20年くらいでは

2004年度放送の「新選組!」。


より近々では2025年度の、

つまり現在 放映中の

「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」である。


因みに。筆者の番組に対する印象は、

前回・今回とも、筆舌に尽くしがたいくらい

鮮烈なものであり、その内実は感動と涙と学び。

そして、共感と深い感謝の念……。

数え上げたらキリがないほどに強烈なものなのである。


そしてーー


何とも不思議なことには、

上述2つのドラマを鑑賞した1年間に

共通して発生した現象というものがあるのだ。


ーーでは。

それって一体、何なのかといえば。


ドラマの登場人物

(物語に登場する歴史上の人物)と

直接コンタクトが取れてしまったのである。


と、いきなり告白したところで、

恐らく大半の方々には、

到底、信じてはいただけないかも知れないが…。


なにしろ、科学では説明のつかない、 

世に曰くところの、

「トンデモ現象」を体験したのだから…。


そう。紛れもなく筆者自身が、である。

(というか、当時はまだ存命中だった母親も、

   会って話をしたらしいのだが…。)




まず2004年放送「新選組!」での現象は

一体、どのようなものだったかといえば。

最初は筆者よりも、

母親が毎週欠かさず見ていたのであるが…。


そんなある日曜の、午後8時50分頃のこと。

母親が満面の笑みを湛えてこう筆者に告げたのだ。


「ほら! 新選組のメンバーが其処で笑ってる…」と…。


一言だけお断りしておくが、

筆者は信じやすい体質などでは、決してない。


なのに何故か?

…その刹那にふぅ…っと感じたのである。

息吹のような「風」を。


そして…次の刹那に見たのである、

ハッキリとこの目で。

写真で見慣れたのとはまた違う、  

近藤勇氏の、実に優しい面影と表情を…。



そして数ヶ月後に、

母親が亡くなり悲嘆に暮れている最中にも、近藤勇氏の気配を幾度も「知覚」し、氏の「意図」を感じたような気がしたのだ。 


そなたの母上も皆、いつでも此処におる…」と。


刹那に。筆者は

何という博愛精神の持主か…。この御方はいつでも、後世の私達をお祖父様が孫を慈しむような気持ちで見守るという『情け』に溢れているのだな…」と深く実感し、そしてじんわりと目頭を熱くしたものである。





それから丸20年が過ぎ、奇しくも今の筆者は、

近藤勇氏の故郷の近くに在住する身となった。



今でも時折、近藤氏の「息吹」を間近に感じる2025年。大河ドラマは、毎年必ず見るという訳でもない筆者が、何故か引き寄せられるように「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」第1回目から見始めたのである。


その時にはかつての「新選組!」の一連の経験のことはすっかり忘れていた。


確かに「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」を見るきっかけとなったのは、亡き母の影響で、喜多川歌麿の浮世絵の(そう言って大袈裟ではないくらいの)大ファンだし、

 

18世紀後半期のことが、何故か非常に気になる…と言うのが大河ドラマを見続けている理由の一つと言えなくもないのだが…。


それが、ドラマを見るようになって2ヶ月くらいから、蔦屋重三郎氏のことが物凄く気になりだした。


……と言うより、信じられない話だが、常に蔦屋重三郎氏と一緒にいる感じがして、なんだか最高にハッピーな心持ちになっていたのだ。


然し、なにより吃驚仰天だったのは、

筆者も商売柄、「今年で私は4んじゃうかも。。」等と腹を括っていたサナカに蔦重氏が、「しゃらくせーんだよ!べらぼうめ!!」と、怒鳴ってくれたことである。


生前は軽やかな口調で包み込むように話す、人を引きつける人だったのだ、とその刹那に感じたが、同時に現代人が何処かへ置き忘れてきた大切な事を、そのパシッと叩く一撃で思い知らされたのだ。


温かくて、身内のように親身になって『教え』を与えてくれる、その心。


20年ぶりに、目頭にじわっときてしまった瞬間だった。


そしてそれ以来、趣味レベルて書いてる小説のことで何故か、タイムスリップ系のアイデアが度々閃いて、現在既に、3つのプロットが存在しており、そのうちの1作品の執筆が、恰もノロマな亀の如くに進んている。


ただ、何処へ行っても行く先に蔦重氏がいる…って感じで妙に慣れてしまってる自分がいる…。


イケナイな。。他力本願はこの辺で〆としとかなきゃ…

と思い、いずれは正法寺にご挨拶に伺うつもりなのであるが…。


蔦屋重三郎氏には、「まず肝心なことを片付けちめぇな!鳶がらす!」と釘を刺されているので、すごくキンチョーする。人は言われているうちが花なのだと胆に命じ続ける今日この頃ではある。



だから私もお返事したのである。

「おむすび山でおにぎり作れて

ありがた山!」と…。