こんにちは!
アニータです。
いつもご閲覧といいね!を
どうもありがとうございます。










本日はこれからスンドゥブチゲを
作る予定です。


最近はすっかり、韓国の家庭料理に
ハマっておりましてね。


在日韓国人の友人がいるんですけどね。
コロナ禍以前は割りと頻繁に
お互いの家を訪問しあったりして、

お互いの手作り料理を肴に
ビールで乾杯!なんて
飲み食いをしたものでした。



友人がもてなしてくれるメニューは、
牛肉と大根スープや数々のナムル。
それにチャプチェと、美味しい味揃いです。
レシピを幾つか教わったことがあるんですよ。




ところで本日は、
「思わずクスッと笑える話」を
書いてみました。




文字通り、
「クスッと笑える」お話です。
では早速はじめます。


因みに本日の文体は
小説風で書いてみました。






「かあちゃんオウム」


私の母親が、アニメの外注の仕事を
するようになったのは、私が高一の頃だった。


アニメ工房の所在地は、私鉄I線のN駅から、
徒歩七分の所にあった。


当時の私は、よく母に頼まれて、
仕上がったセル画を、
納品しに行ったものだ。


そんなある日の道すがら、
三叉路になっている場所があり、

片側の道の  進行方向右側に、
周りが垣根で 囲われている、
古めかしい   邸宅のある辺りから、

いきなり人間離れした声で、
「ハラヘッターー!!」とか なんとか、
叫んでいるのが  聞こえてきたので、
思わず ドキッとしてしまった。


そして驚いたついでに、
よくよく見れば。


邸宅の垣根の内側に、
大きな  鳥籠らしいのが見えて、
数人の幼稚園児らしい  子供達が、
垣根の外側で  ケラケラ笑いながら、

「ガッチャマンって  いってごらん!」

とかなんとか 言いながら
はしゃいで  いたのである。

「なんだろ、アレは?」


実を言うと私は、そう言った類いの
サプライズが大好きで、

一旦、見聞きしてしまった以上は、
どうしても確かめないと、
ムズムズしてしまう性分ゆえ、

コッソリとそばへ
行ってみたのだが、そしたら……。

真っ白なオウムが、
明らかに興奮しきった様子で、
「ピーヨピーヨ……」みたいな奇声を発しつつ、

盛んに羽をバタバタとやり、
デカイ体を左右に揺り動かし、
踊り狂っていたのである……👀°°°


世にも珍妙なる光景を  目の当たりにし、
そして刹那に私は  思ったのである。


「もしかして……
いつもこうやって  言葉を教え込まれるから、
人間の言葉って言うのは、ワメき散らしたり
踊ったりして喋るのが普通だと
思ってるのかな?」と……。


そう思うにつけ、
面白くて  堪らなくなり
一刻も早めに帰宅をし、

この一件についての  一部始終を、
母親に伝えたくてしょうがなくなり、

飛ぶようにして その場を去り、
家に着くや、開口一番に、
例のピヨピヨの話をしたのだが……。

しかし。
私同様、好奇心旺盛にして
情報通の  母親にとっては、
ずいぶん前から
既知のことで  あったらしい。

にわかに母親は、
ニンマリと  
不敵な笑いを浮かべつつ、
こんなことを  教えてくれたのである。

「“ピヨピヨ” と “ハラヘッタ” の他にも、
“トビマス、トビマス” とか、
“アジャパー” とかも 言ってたみたいよ笑」と。


折しも。

当時、よくテレビで流れていた流行歌に、
「母ちゃんにしかられた」と言うのがあった。

確か、
「酒飲んで酔っぱらってクダまいて帰ったら、
母ちゃんにしかられて云々……」
てな内容の歌だったと思うが、
今となっては、うろ覚えである。


☆後日、「母ちゃんにしかられた」についての
有力情報を見つけましたヨ😁 




とある土曜日の下校後に、
またも母親から、
工房に  届け物をしてほしいと頼まれ、

当時、ほんのりと悪ガキだった私は、
悪友のKちゃんを  電話で呼び出し、
件のオウムのいる所まで、同行してもらった。

その日もいつものように、
垣根の内側の硝子戸は閉まっていて、
オウムの籠だけが出されていた。

そこで、おもむろに。

「じゃ、いくよ……せーの!」の
掛け声と共に、私とKちゃんは、
クスクスと噛み殺し笑いをしつつ
目を合わせ、

あんまり大きくない声を
二人して合わせつつ、
歌い出したのである。
「母ちゃんにしかられた」を……。


何回くらい、
繰り返し歌ったことだろう?
私の記憶が正しければ、
二十分は  歌っていたはずだ。

そして、いい加減、
歌い疲れてしまった頃。

突如として開いたのである。
垣根の向こうの硝子戸が……。
そして、中から飼い主のおばさんが……。

思わず目が合ってしまい、私達は反射的に
ペコッと頭を下げ、逃げの態勢に入ったのだが、
しかし、その瞬間に  おばさんが……。

「いつも構ってくれてるのね……。
この子ったら、お喋りさんなんだけど、
運動不足でね笑」と、そう言いつつ、
微笑みかけて くれたのである。

それを目にするや
私達二人は救われたような、
許されたような気になったのだが、しかし……。

やはり、後ろめたい気持ちが拭い去れず、
どうにも気まずい空気を  感じてしまい、
二人並んで  頭を下げるや否や、
一目散に その場を退散したのである。



それから、一週間が経った頃。
確かあれは、日曜日だったと思う。

いつものように、
母親から納品を頼まれ、
あの  三叉路を通りがかった時に。

いつぞやと同じく、
数人の子供達が例の垣根の所に集まり、
前にも増して、大きなはしゃぎ声を
挙げていたのである。


そして中の一人が、
こんなことを言う声が
耳に入ってきた。

「あー! オウムちゃんが歌ってる!」と。


……え? まさか……?
私は一瞬にして 
固まってしまったのである。


しかし、そんな焦燥も虚しく、
容赦なく  追い討ちをかけるように
二人くらいの子供達が、
突然、歌い出したのである。

「母ちゃんにしかられた」の一節を。



因みに。
工房がN駅周辺から
I駅周辺に移転する2年後まで、
ずっと変わらず、
オウム君は叫び続けていたものだった。


「カーチャーン、シカラナイデーー!!」と。



追伸:
それにしてもあの  かあちゃんオウム。
ひょっとすると元祖天才バカボンのパパの
親戚かも知れない。
どうしてかって言うと、
通常ならば「こんにちは」と言うところを、
「コニャニャチワ!」とか、
ワメき散らしていたので……。

兎も角も、懐かしい思い出ではある。