こんにちは。
Anitaです。
皆様お元気でらっしゃいますか?



いつもご閲覧と、そしていいね!とペタを
どうもありがとうございます。




正直に
白状しますとね。




ちょっと前までのAnitaは、

頻繁に物忘れするように

なっておりまして、


実はそれが 

もっぱらの悩みの種でした。




たとえば、
こんなふうに……。



ある日のこと。

今日の夕食は何にしようかな?
と考えている内に、


そうだ!
  冷蔵庫にお肉もあることだし、
  今夜は青椒肉絲でも作ろう!


と言うことになり、
冷蔵庫内を覗いてみたら
ピーマンが足りないので、


それじゃ、買いに行きましょうと、

スーパーまで出掛けて
行ったまでは良かったんですけど。



だけど 店内に入ったが最後、

涼しげに流れてくる
ハワイアン調のBGMを
耳にした途端、


今まで
覚えていたはずの


ピーマン
  買うためにきた


と言うのが、
頭の中から

完全に消し飛んでしまい


……あれ? 
      何を買いに来たんだっけ……?
」に


変わってしまった。



しかも 
頑張って思い出そうとするのに
まったく思い出さず、


しかし 

何も買わずに帰るのも
なんだか悔しいし、


釈然としない気持ちのまま
店内をウロウロした挙げ句に、


Lサイズ10個パックの玉子を
ひとつだけ買ってきて、


その結果、

青椒肉絲にするはずだった
夕食のおかずが

オムレツになっちゃったと言う……。





そして、

こう言う困った状況が
あまりにも頻繁に起こるため、


これはもう認知症の

   初期症状かもしれない


などと
本気で悩みつつも、


やはりメモしとかないと

   ダメみたい……


などと
真摯に反省もしつつ、

買うべきものを思いついた順に
紙に書いておいたんですが……。


そしたら今度は書いたメモを
何処にしまったか
忘れちゃったりとか……😅



そこで。



こうなったらもう
コレに頼るしかないと思い詰め

↓「ColorNote」(Androidのみ対応)に、






↓こうやってメモを作成して、

待ち受け画面として

表示するようになってから

上記のようなポカはしなくなりました。






結局、

病院で診てもらうこともなく

健やかに日々を送れるようになり

めでたしめでたしの今日この頃です。












と言うことで……

この辺で
本題に入らせてもらいます。




本日は、

この世の 凡ての人が持っている
認識」と「自覚」と言うテーマを、


占い師としての視点から
語って行きたいと思います。


どうかよろしくお願いします。





認識」と「自覚」……。


ある時、Anitaはこの2つの言葉を
思い浮かべ、


この両者の違いって

   なんだろう?


何故、わざわざ違う動詞で
   区別するんだろう?」


そんな疑問を

抱いてしまいました。



そして、

ややあってから、
不意に こんな考えが

頭を過ったのです。



「もしかして 認識って言うのは、
  ただ単に知っていると言う
   ことを言うのかな?


それと、自覚って言うのは、
  自分の置かれている立場や責任の
    あり方に根ざした言葉なのかな?」
と。


この世に生きる凡ての人は、
この世に生を受けた瞬間から、
最初に物事を「認識」することで、
様々なことを覚えながら成長して行きます。



そしてやがて、様々な物事や人と

関係を持つようになると、


その人自身も立場を得る度に
周囲から「自覚」を持つように
要求されるし、


その人自身も立場を

自覚」せずにはおかなくなります。



たとえば、

プライベートな時間における

生活態度と言った
自分軸で動けるシーンならば


ちょっと前までは
    物忘れが酷くて……


なんてことも
ままあり得ることなのに、


どう言うものだか、

ビジネスシーンに於いては

常に記憶力が活発に
なってしまう、などと言うケース。



私生活では、

   あんなに物忘れするのに、
      なんでなの……?



そんな疑問符が
湧いてきたりして、
あれこれ 考えてみたんですけど……



どうしても、
それこそが、
認識」と

自覚」じゃないか?……と。

そんな答えしか

浮かんでこないのです。




つまり……。



ピーマンを買いに行ったのに
買うものがピーマンだと
言うことをコロッと忘れて、


代わりに
玉子を買っちゃったせいで
夜のおかずがオムレツになった件などは

格好の例と言えますね。


……そもそも
そうなった原因と言うのが……



Anitaの私生活には
認識」はあっても
自覚」が足りてなかった。
そう言う

典型的な現象だったと言えます。



つまり「認識」とは、
他人事の意識だから
平気で度忘れしたりする。




しかし、
仕事と言うことになれば
そんなユルい態度では通用しない。


だから、
1度でもご依頼くださった
顧客様のお名前や生年月日、
血液型を忘れない。


そしてそれは
不動産の仕事も またしかりで、


賃貸店舗在所の
年毎の公示価格や販売価格なら
メモしなくとも覚えていられる。


テナントさんの住所とか
電話番号など、
契約書を確認しなくとも
ほぼ、暗記してる。




つまり「自覚」と言うのは

自分事なのだから、


常に責任と
それに伴う緊張感が要求される。


それ故、自分のやり方に
マズいところがあるならば、

即座に変えて行く方が正解だし、


そうできれば できるほどに
自分の人生は 明るいものになる。




そしてその点が

変わらなくても

一向に構わない「認識」とは
対照的なのです。



しかし、
もっと重要なことがありまして、

それは何かって言いますとね。



自覚」には
利害とか損得の感情が介在するし


認識」には
知識の獲得が介在すると
言うことなのです。



そもそも「認識」とは
見て知ることーー


離れた所から見聞すること、
認知納得すると言う段階のこと。


だから、ともすれば、
無責任にも繋がりかねないもの。



一方、
自覚」はと言うと、
その認知納得の段階から
より深い関係を物事や人と結んだ状態。


つまり。



これはマズいな


とか


もう少し、
    どうにかならないか?


とか

損得に端を発する“感情”を
含んでいる。


それ故に
必死で変わろうとする。



ある人との関係を、
より良い関係になるように
持続させたいと思えば、 
その方向で努力するだろうし、 

また、その逆もある。



たとえば
今の仕事は どうしても自分には
合わないので

本気で転職を考えるのだって同義だし、



逆に、
よりハイレベルなスキルを
高めたいと 本気で頑張るのだって
同義です。




頭の中で 理解した程度の
認識」レベルの目で
見ているにも拘わらず、


ちゃんと自分は

自覚」してるんだ、
みたいな気でいると、
とんでもない所で失敗する。



良い例が、
経験者からの忠告に対して

若年層の人が


わかってるって……


とか


うっさいなー! 
    気が向いたらやっとくよ!


などと、

すべて他人事だから関係ない
みたいな態度の人が、


後輩の前では
得々と自分の経験談を語っている……
みたいなシーン。



Anitaの物忘れだって

例外ではなく、

上記の例と、何処か共通点があると

Anitaは思うのです。



人生において 
何らかの成功を 収めたいなら、
精一杯、「自覚」の世界で
試行錯誤するのがよい。


しかも
肩の力を抜いた自然体の、
無意識な「自覚」があるならば、


新しい「認識」を得る時も
それを柔軟に受け入れられるし、


更にはそれが、「自覚」へと繋がって
心の成長へと向かうことができるーー



この度、気づいたことを

言葉で表せば、

こんな感じになると思います。



結局のところ、

結論は……。



最初から「ColorNote」を
メモ書き専用で使うべきだった……と


何しろそれまでのAnitaは、
ColorNote」は
趣味レベルで書いてる

小説の下書きとか

アメーバブログに投稿する

記事の下書き用に
使っておりましたから…….。



恥ずかしい話だけど
そして、些やかだけど、
素敵な学びをいただいた
そんな日のお話でした。





 

 チンジャオロースーには欠かせない

オイスターソースはこちら


 

 


日曜日にオムレツを作ると

幸せが訪れる……☆

 

 








本日は、この辺で。
それでは次の更新まで。
最後までご閲覧ありがとうございました。