※「◆目標、過去の記録」のところで、過去の記録推移に誤記がありましたので訂正しました(8月6日)

※ピッチについての記載が間違っていたので修正、ついでに加筆しました(8月7日)

 

人生初のトラックレース!ということで、アルトラタイムトライアルに出場。初のトラックレースはとても楽しく、感じるところの多い大会でした。記録は18分06秒、これまで練習で出していた自己ベストを約20秒更新。スタッフの皆様、ありがとうございました。

以下備忘録ということで!

 

◆コンディションとか

会場までは1時間ほどかけて自転車で。家を出たのは17:20頃で陽射しもあったが、後述のように暑さはあまり感じず。自転車の時の心拍数は、何度か測ったことがあるが大体100前後なので、ゆっくりジョグする時と同じくらい。古河の時も思ったが、時間や条件が許すならこうしてゆっくり身体をほぐしつつ、身体中の毛細血管に血を巡らす(つもり)のウォームアップは、自分的にはとても有効なように思う。

 

暑さが心配だったが、会場への道中および会場に着いてからは、とくに暑さは感じず「涼しいな」というくらいだった。近接の府中市の19時の気温が28.7度だったそうで、それを涼しいと言ってしまうのはもう感覚がおかしくなっているんだとは思うが、とにかく気温面でのストレスは無し。

 

ナイターの陸上競技場、というシチュエーションは、サッカーしてた時に似たような経験があるにはあるが、ランナーとしては初めてで超新鮮、テンション上がる感じだった。

 

出走人数は、自分の回が予定で27人。ターゲットタイムが18-20分、というカテゴリーで、自分の目標が「18分前半、できれば18分切る」というもの。もっと押し合いへし合いして走るのかと思っていたのだが、その辺りもストレスは無さそう(実際全く無かった)

 

◆目標、過去の記録

5000m、5kmのレースは初めてで、今まで何度か練習で測ったのは近所の公園での1km周回コースでのもの。今回のレースに備えて一週間前にトラックで初めて5000測ってみた、という状態。記録を見ると、一昨年の12月に19分17秒、というものが残っている。この時はほんとにしんどくて「もうやだ」と思って実際そのあと、今年の4月まで1年半弱、5km計測からは逃げていた。因みに一昨年12月の1917の約1ヶ月後に走ったフルマラソンが3時間17分。

 

今年3月の古河で初めてサブ3に到達、4月に「今ならどうだろう」と思って測ってみたところ、18分27秒。その後またしばらく遠ざかり、一週間前にトラックで走ってみた時は18分40秒だった。今シーズン、フルで250を切りたい、という目標があるので、VDOT的には18分は切りたいところ。でもどうにも苦手意識というか、「切るぞ!」という意気込みまでもって行けない。ビビってるんですな。

 

◆展開

18分、19分、20分のペーサーが付いてくれるレース。スタート前に18分のぺーサーさん(竹澤健介選手!)が「自分に付いてくる人?」と呼びかけた際、手を挙げた人が1人のみ。意気込みの足りない自分、ここで「じゃあ俺も!」と追随することが出来ない。。自分としては、「18分のぺーサーを常に視野に入れて、ラストで出せるだけ出す」という青写真で、一瞬の逡巡はあったもののそれで行くことにした。

スタート。竹澤選手と1名が先行。2番手集団として、1人が少し前にいて、その後にたぶん4~5人。その団子の先頭に自分、という状態。ほどなくして前の選手を吸収し、2番手集団の先頭に。しばらくして気づいたら周囲の選手の息遣いが聞こえなくなり、どうも「単独2位」という状況のよう。

 

「ぺーサーを常に視野に入れて」ということで、当初50mほどの差を保っていたのだが、ジリジリと離されておそらく70~80mといった感じに。途中で、1つ前のレースを走り終えていたminoさんが「14秒遅れ!」と声を掛けて下さり、「ならば18分14秒、最後に追い上げて行けるところまで行けば、少なくともベストは更新!」と確認。ただ、「せっかくのレースで、ベスト更新しただけで満足しちゃいかん」という思いもあり、とにかくこの差を広げず、ジリジリ詰めていくイメージを持つ。

 

ちょいと残念だったのが、周回表示が途中混乱したこと。残り周回表示が「4」となって、よっしゃ上げていくぞと思って一周してきたら「5」となっていたり。なるべく余計なことは考えないようにしていたので、「あと何周」というのは完全にそれに頼りきっていたので「え?あれ??」と慌ててしまう。ただ、ラスト1周の時、心細げにも鐘が鳴ったので、安心してスパートをかけることが出来た。ラストは自分でも驚くほどぐいぐいと上げていくことは出来たが、差し切ることはできず、18゜06でゴール。

(後記:あとで記録を見たところ、出場者中、全体のタイムは15~16番目位だったが、ラスト一周に限って言えば2番目だった。これは何を意味するのか…余力を残し過ぎということか??)

 

◆感覚

走り始めてすぐ、いつもの走りと全く違うというか、全然自分じゃないみたいな感覚だった。練習でも滅多に走らない距離・速度帯であることに加え、初のトラックレースということで舞い上がっていたのだと思うし、恐らくそういうことになるだろうとも思っていた。トレイルやマラソン同様、だいたいこういう時に調子に乗って突っ込んでって自滅、というのが負けパターンなのだが、なんせ初体験なので、そもそも調子に乗っているのかどうかすらも分からない。ので、ぺーサーの存在は大変有難かった。一応1827で走ったことはあるはずなので、「ぺーサーを視野に入れて」という位置取りであれば大崩れすることはない、だろう。

 

普段の練習やマラソンの時は、フォームのことを色々考えながら走るのだが、この日はあまりそこまで意識が行かない。本やブログを読んだり、フォロワーさんからのアドバイス等で「あまり余計なことを考えず、前後の流れに乗って」ということが頭にあったのが大きい。「前後の流れ」は、前述の通り無いようなものだったが、ぺーサーの姿は見えているのでリズムの同調はできる。

リズムに同調しながら、「自分でもこんなふうに走れるんだな」という思いがよぎる。1週間前に測った時をはじめ、数少ないスピード練習の時などは、もっとピッチが早くなって、かつフォームがばらけてくる感があるのだが、今日は、とにかくぺーサーを見ながら走っているので、自分なりに「ゆったり」と走っているなと感じる。実際、一週間前の5000計測の時のピッチが209、その翌日、20K走時のピッチが205、今日は200 。グラフを見るとラスト一周まではほぼ乱れなく保つことが出来ているし、走っていてすごく心地よかった。自分の意志のもとに身体をコントロール出来ている感じというか。初めての感覚だった。

フォローさせて頂いている、消し亭りらいとさんが仰る「ゆったり、速く」を、少しだけ体現できた、かも。

 

①アルトラTT(200⇒18'06)

   

②1週間前の5000m(209⇒18'40)

③上記②の翌日20k(205 ⇒ラスト5K  20'23)

 

 

 

時々、前腿に力が入っている感じがするので、その時は接地位置を意識するようにした。高岡尚司さんが会場にいらっしゃることもあり、「ゼロベースランニング」等でも読んだ「接地は重心より後ろ」のイメージを持つようにする。実際そうなってはいないと思うが、イメージ。

 

シューズは匠戦で、この靴の持つクッション(ブーストによる?)や推進力を初めて感じた気がする。水戸の時や、たまのスピード練習の時にも履いていたのだが、今日のように「ぎゅいん」という感覚が得られたのは初めて。クリールのシューズチャートでは3'30/kmのところに置かれているシューズで、これまではそのチャートも、ふーんという程度にしか見ていなかったのだが、あくまで一回限りの素人考えではあるが、やはり「そのシューズの性能が活きる走り方、速度帯」というのはあるのかな、と。

理想は、シューズによらず…究極は裸足だと思っているし、シューズにそこまでこだわるのもどうかとは思っていたが、いや、靴の性能侮れん、と。少なくとも今日に関しては、自分も雰囲気に助けられてうまく走れたのかもしれないが、間違いなく匠戦がそれを支えてくれた感覚がある。これまではなんというか、「豚に真珠」状態だったのかな。

 

◆心拍

あえて別立てで項目を立てたのは、随分と驚いたことだったので。

本日の平均心拍166、最大は182、となっている。これ、普段の練習ではありえない数値で。自分の中では「160行ったらきつい(だからラストだけ)、170以上は非常用、180行ったら死ぬ手前」というイメージというか実績?がある(で、先週の5000の時のグラフと比べようとしたのだが、先週はうまく計測されておらず比較検討できず。残念)。確か2~3ヶ月前に10km走って、後半5kmの心拍がずっと170を超えていたことがあったが、そのときは具合が悪くなり翌日発熱した。ペースも4分ちょいとかだった。

 

【アルトラTT】

 

で、今日のこの実績。これもまた、「こんなふうに走れるんだ!」という驚きだった。要因を考えていくと、①雰囲気、②夜だったこと、③余計なことを考えなかったこと、の3点なのかなと。①は、雰囲気もそうだが「集団で走ること」というのも含んでいる。練習会の活用、レースの活用などは色々目にするが、やはり一人では引き出しきれないものが集団だと引き出すことが出来る、という側面はあるのだろう。②は、普段の(最近は行なっていないが)通勤走の時から感じていたことが思い出されたもの。③については前述と重なるが、言い換えると「集中していた」ということと思うし、マラソンでも「30キロまでは寝ていけ」という至言にも繋がることだと考える。

 

…「要因」とはちょっと違う感じになってしまったが、言いたいのは、そうした条件が重なって、自分の持つポテンシャルが引き出されたのでは、ということ。今回のような心拍推移は、練習では出せないキツさであるにも関わらず、レース中「きつい」と思ったのは最後の2~3周くらいで、そこまでは「ややきつい、でも保てる」というペースで…グラフだと、2000m過ぎからの心拍は170を超えていて、それを「ややきつい」という感じで保てる自分もいるのだな、と。「練習会やレースの活用」は、自分の場合そう頻繁には出来ることではないが、こういう「ハレの舞台」で自分の幅をクッと拡げられるよう、普段の練習の集中度・質を高めていきたい。

 

 

…などなど、僅か18分の間で非常に考えること、得るものの多いレースでした。

スタッフの皆様には、良い舞台を準備していただいて感謝々々、また、ぺーサーの方はじめ、速い方々の走りを間近で見られたことも収穫だった。

それと、ツイッターでフォローさせていただいているminoさんにお会い出来、裸足での見事は走りを目に焼き付けることが出来たこと、レース後色々とお話させて頂けたことも、とても嬉しい思い出となりました。minoさんには前述のように、自身のレース中に絶妙な応援も頂き、そちらも大感謝でした!

 

次のレースは外秩父43、それを経ての水戸黄門漫遊マラソンが、今シーズン最初の大一番なのだが、今日の楽しさに味を占めて、トラックレースも物色してしまうのでした…!

…レースが行われたのが7月8日、今日は27日。

いまさら感満載ではあるが、折角出場させて頂いたレースだし、自分なりに思うところ、学ぶことは色々あったし、やはり記録しておかなければ。

 

 

■御礼

まずは、いつもながらスタッフの皆様には大感謝。

お陰様で今回も、最初から最後まで本当に楽しませて頂きました。本当にありがとうございます。

 

 

■記録

昨年:7:11'52  39位/334名

今年:7:17'26  36位/340名

(詳細末尾に)

 

気象条件とかで左右されるとはいえ、タイムと順位でこうして定点観測できるのは面白い。

 

昨年は、日中暑かったものの、朝はひんやりしていて空気も乾いており、そこまで辛かった印象は無い。

今年は、暑さはそこまで酷くは無かったけど、湿気が…

そんなわけで、今年の方が、なんというか…struggleした感がある。

 

 

■順位

TWのレースで目標としている「上位10%に入る」にあと0.6%届かず…

とはいえ、この順位は予想外のもので。ズルズル抜かれていたから、レース中は50~60位くらいかなと思っていた。

前の方で集団ロストがあったと聞くし、実態は分からないが、とにかく、次回以降に持ち越しということで。

 

 

■準備

とにかく出来る限り体調を整える、特に「寝る」ことを意識した。

というのも、昨年の記録を見ると「仕事で全然眠れなかった」と書いてあったし、前回の彩の国でも、寝不足のまま本番を迎えてしまったので。

数少ない出場レース、出来るだけ良いコンディションで本番を迎えたい、という思い。

 

彩の国以降、山には一度も入っていなかった。でも、6月の月間走行距離は約340㌔と、自分としては多い方。

おごせときがわは、TWの中では比較的ソフトでロードも多い。地脚は出来ている。彩の国で山感覚も思い出している。

体調さえ良い感じに持って行ければ…と思っていたのだが、レース中、この考えが大甘だったことは、何度も何度も思い知らされることになる。

 

 

■スタート

会場には余裕を持って着いたのだが、忘れ物とかしてあたふたと開会式に駆け込み、やれやれと一息ついてふと隣を見ると…おお、もぐさんではないか!彩の国以来。ご挨拶させて頂く。もぐさんは昨年30㌔の部で年代別3位というお力の持ち主。ついていこうかと一瞬考えるが、この蒸し暑さの中で背伸びするのは先が見えているので、自分のペースを守ろうと再確認。

 

自分のペース…今日の場合は「心拍140」を目安にしていた。昨年外秩父が平均139、おごせときがわは136。少し気合い入れて145…とかも考えたけど、自重。

 

ただ、もぐさんと話している中で、準備漏れに気づく。

「昨年どうでした?」と聞かれ、「7時間…11分かな、そのくらいだったと思います」というやりとりがあったのだが、だったら今年は、7時間を切ることを一つの目標として、目標ペースくらい立ててくるべきだったと。

いつもレース前は、エイド毎の目安目標タイム表を作って携行するようにしている。

せっかくトレイルに来ているのに数字…と思うことも無くは無いが、こういう具体的な目標が、辛くなった時に自分を駆動する力になり得るというのは、先般彩の国でも実感済み。

今回、コンディションのことばかり考えるあまり、いつものそうした準備を忘れてしまった。致命的なものでは全くないが、ちょっと勿体無かったかな。

 

 

■前半(スタート~堂平)

黒山三滝のロード中心区間は突っ込まず、関八州までの登りは前後の流れに乗って力まず、堂平までの細かいアップダウンは楽に、慈光寺までの下りは脚を上手に残し…という超ざっくりなプラン。とにかく欲をかかずに自分のペースで、というところ。

 

身体は、軽くも重くも無い。前述のように心拍140前後をキープするようにするが、暑さもあって体感よりも心拍の上がりがすぐ来る感じ。でも焦る感じでは全くなくニュートラルな状態。しばらくは視界の端にもぐさんを捉えながら走っていたが、やがて見えなくなる。強くなりたいなあと思いながらペースを刻む。

 

基本的に上記の感じで行けたのだが、一つ残念というかうまくなかったのが、各エイドでの過ごし方。

自分は、エイド滞在時間はそれほど長い方ではないが(主観)、でも、補給・ストレッチ・トイレなど、短くてもしっかり休んで、ヨシ!と思ったら次に行くという、まあ、ごく普通にエイドを活用する。

しかし今回、なぜか各エイド、周囲のランナーがあまり休まずどんどん前を急ぐ。そういう気がしただけなのかもしれないが、これまで出たレースに比べると、エイドにいる人数や皆さんの滞在時間が明らかに短かった、気がする。

 

そんなことは気にせず自分のペースでやればいいのだが、そこが自分の心の弱い所で、なんか焦って、上記のような「短いながらもしっかり休み、気合い充填のうえスタート」が出来ず、なんか「えっ?なに?みんなもう行くの?えっ?」みたいな感じで、毎エイド、焦って上ずって通り過ぎてしまった感じがする。TWの充実エイドを…勿体無い…。

その影響があったのか分からないが、体調が良かった割には疲れが早く訪れた感じがする。途中で思い直して、堂平などではしっかり休むようにしたのだが…「欲をかかずに」と思いながらも、一時的にでも順位が下がるのを嫌って身の丈を外れてしまったのは、ちょっと残念。

 

 

■後半(堂平~ゴール)

このレースで、いかに突破するかという区間が、慈光寺~くぬぎ村の区間。大カヤの登り下りと、そのあとにくる新柵山までの登り。高低図で見ると300m登るだけで、前半の傘杉峠までの登りとかのほうがキツいのだが、何なんですかね、このいやらしい登りは!

去年のこのレースも、とにかくこの区間でやられたという印象が強く残っている。ここまでにいかに脚と体力を温存しておくか…というのが、前半のテーマでもあった。

 

堂平からの下りは慎重に。下りはあまり得意では無い。では登りは得意かというと、あんまり。。じゃあ俺の強みは何なんだとなると…うーん、何だろう。ただとにかく、下りを走っていると、山での練習不足を痛感する。

慎重にいったつもりが、慈光寺ではかなりヘバってしまう。慈光寺をあとにして、宿交差点まで下りたあたりでじは、結構やられてるなと感じる。平地のロード、淡々と走れば良い区間で歩いてしまい、何人かに抜かれる。

 

一番警戒している登り二発の前にそんな状態、これじゃあボスに太刀打ちできるはずもなく。。なんか、思い出したくないですね、この区間は。思い出したくないというか、あまり覚えてない。

 

自分のペースをしっかり守って、このボス区間に脚を残して何とか勝負…!というプラン。エイドでの浮つきはあったものの、そこまで域を外したつもりも無かったのだが…。「地脚は出来ている」と思っていたものの、山でのトレーニング不足(≒トレイルレースに向けたトレーニング不足)を少々甘く見ていたかな。

実際この区間、心拍はそんなに上がっておらず、むしろ140を下回っていることの方が多い。しかし、いかんせん脚がヘバってどうにもならん、という感じ。

 

虫の息でくぬぎ村エイド、あとは何とか持ち直し、最後のロード区間は頑張ったが、それでも5’04/㎞で区間12位。苦しい苦しいレースだった。

でも、オールスポーツの写真見たら、ゴール時、我ながら良い顔をしていた。いつもは、疲れありありの渋面で写っていることが多いのだが、今回は(カメラマンさんにのせられたのもあるが)我ながら良い笑顔でゴールしていたのでOK。終わりよければすべてよし。

 

 

■総括

昨年との比較で見ると、8区間中負けているのは3区間だけなのだが、ボス区間での負けが甚だしいのと、結果的には、「前半突込み中盤以降でバテる」という自分の負けパターンをまたやってしまったなと、

繰り返しになるが、トレイルレースに適応するトレーニング不足をナメて、自分の現状を高く見積もってしまい、欲をかいて分不相応な走りをしてしまったと、そんな感じ。

 

ただ、自分的にトレイルレースの一番の魅力である「非日常感」「自然に身を浸す贅沢」は、今回もばっちり堪能させて頂いた。これだけぶーぶー総括していても、また出たいという気持ちがすぐに頭をもたげてくるのは、やはりトレイルレースの魅力これにあり、という感じ。改めて、スタッフの皆様には本当に感謝です。

 

彩の国→おごせときがわ、と来て、今年エントリーしているトレイルレースはもう一つ、外秩父43のみ。秋以降はマラソンに集中しようというプランで、例年出ているFT50は今年は無し。

7~8月も、そんなに山には入れないと思うけどしっかり走り込んで、外秩父では良いレースをしたい。

レースから一週間。
まずは改めて、本当に素晴らしいレースでした。
スタッフの方々のご尽力にはいつもながら最敬礼、大感謝。
充実のエイドにも大満足(今回も体重減りませんでした)。
風光明媚な景色にドSなコース。
また、今回はコンディションにも恵まれ、眺望も星空も楽しみながら最後まで続けることが出来ました。


…そんな素晴らしいレースだったのに、レース終了後は反省ばかり。反省はいろいろあって、このあとも書いていくが、一言で纏めると「この素晴らしい舞台を楽しみ切るために十分な準備をしなかった自分への反省」。一言じゃないけど。

12月1日(だったかな)のエントリー開始日に申し込み、年間の一大イベント的な位置づけでとても楽しみにしていたものだったんだけど、
その、自分にとって楽しみな一大イベントに対してとても失礼・残念・勿体無いアプローチをしてしまったなと。

仕事との折り合いがつかなかった、というのが大きかったのだが、でも、市民ランナーを名乗る以上は、仕事との共存も実力のうちというか、言い訳にはならないところで。

レースのツイートをしたりして気分を盛り上げようとしたが、口ばっかりで丸腰、無策で臨んでしまった。レースそのもの、レースを創ってくださる方々、ともにレースに挑む方々…に対するリスペクトを欠く己の姿勢だった。

…と、上記はだいたい、レース当日に書きとめたメモ。しかし面白いもので、一晩ゆっくり寝て起きると、まあ、心持の違うこと違うこと(笑)

レースの、素晴らしい思い出ばかりがよみがえる。今後はこういうふうに挑戦したい!というワクワクが次々出てくる。そしてこの一週間、思い出は日に日に美化されている(笑)

以下振り返っていきますが、骨子はほぼ、レース後1~3日後に書きとめたもの。ので、「盛られている」ことはあまりないと思う。

 

これまで同様、どなたか読んで下さった方に、何らかの参考や、新たな挑戦の契機になれば望外の喜びだし、或いは、来年以降このレースに挑まれる方にとっても、何らかの参考になれば嬉しく思います。


1.事前準備
2.目標と実際
3.展開

 ★North

  ★South

4.まとめ


1.事前準備

不安でもあり興味もあり…だったところ。
第一回に出たのは、トレイルランニングレースに初めて出てから1年半経った時。そのシーズンは、4月:ハセツネ30、5月:外秩父、6月:飯能越生 と経験重ねて、9月頭に彩の国、だった。で、その頃は、マラソンはそこまで力を入れておらず、通勤走はちょこちょこ行なってはいたが、あくまで「トレイルランニングのためのトレーニング」の位置づけで、6-8月の月間走行距離は、158-148-143というもの。また、年間通して月1~2回は山に入っていた(山、といってもほぼ飯能or青梅エリアですが)。

今回は、昨年11月のFT50以降、レース出場は無。山に入ったのは半年で3回のみ(しかも最長で24㌔)。マラソンに本格的に取り組み始め、10月の水戸、3月の古河をメインに組み立てていたのでそんな感じに。古河以降、3・4月で山に出来るだけいくつもりだったが、体調崩したりして全然行けず。ただ、そんなわけなので、直前3か月の月間走行距離は299-236-275。そんなに多い、というわけでもないが、前回比ということでいえば走り込みの量は多い。

もともと通勤走を始めたのは、人生3度目のトレイルランレース(信州戸隠45K)で、「地脚が弱い」と強く感じたから。それでいけば、「地脚」は、前回に比べれば随分とついているはず。上記は直前3か月だけ比較しているが、年間とかで見れば、走り込んでいる量は全然違う。

山での力は山でしかつかない、という見地に立てば、今回は非常に不安。山だろうが平地だろうが、走り込んで地脚を作っているか、という見地なら、前回よりは強くなっているはず。…両方大切だよ、というところではあるが、実際レースに入ってどうなるんだろうというのが、怖くもあり興味もあり、というところだった。

細々したシミュレーション等については、前述のように「無策・丸腰」状態。何とかなるべ、というくらい。バチ当りだった。



2.目標と実際

レース前に考えていたことは2つ。
①ゆっくり入り、「じわじわと押す」イメージで、できれば終盤に向けて位置を上げて行く
②目標25時間以内、完走

実際。
まず②は達成。
ただ、自分が思うに、特にトレイルレースにおいての「記録」は、気候等の条件に大きく左右される。
25時間、というのは、自分が出た第一回(少し距離が違うのでそこは考慮)や、昨年の記録、そこに自分の今の力量をあてはめて算出したものだが、今年は、昨年・一昨年に比べると条件は良かった模様。ので、レース途中から目標を「24時間」に上方修正。終盤一度は諦めかけたが、この目標が自分を最後支えてくれたことになる。

①は…お粗末でした。
レース後のツイートで「大失速」と書いたが、終盤、特に吾那神社以降は抜かれまくって、相当順位を落としたイメージがあった。

順位推移は後述するが、レース後に推移を見た時には「意外と抜かれてはないんだな」という印象。エイド滞在が短くて、同じ方々に何度も追い抜かれたのか、リタイヤされた方が多かったのか、そのへんは分からないが、順位的には、自分が思っていた以上には落としていなかった。とはいえ、最初と最後で20番近く下がっていることは確かだし、何より感覚として、大幅にパフォーマンスが落ちてしまったというもどかしい思いがあり、ここは自分の描いた理想通りには行かなかった。

「ゆっくり入る」という部分、「ゆっくり」は具体的に「心拍140以下」とした。これ、昨年の外秩父の時にやってうまくいったやり方であり数値なのだが、そもそも、外秩父の時の数値をそのまま当てはめているのが、雑。50㌔、100㌔の違い、コンディションや準備の違い…等々。結果論だが、せめて「130以下」とするのが妥当だったように思うし、事実途中で修正した。(後述)

それにしても…「突っ込んで自滅」というのが自分のダメパターンだ、というのは十二分すぎるくらいわかっているのに、この大事なレースでそれをやってしまうとは…これも「無策・丸腰」を露呈した一例。もっと緻密に考えてシミュレーション・イメージングを行なえば「140以下」という数値にはならなかったはず。まあ…後からでは何とも言えるのですが…
 

で、実際立てていた目標と推移は以下の通り。


目標は、第一回(←以降、「前回」とする)の自分のタイムと、第二回の通過点結果を見て「前半抑えめに100位台で入ったが、後半調子を上げて24時間台でゴールした方」のタイムを参考に算出。



3.展開

レース前、ツイッターでフォローさせて頂いている、nuichiさんにお会いすることが出来、色々お話させて頂いた。そしてレースが始まってすぐに、もぐさん、コーイチさんともお会い出来た。

ランニングをスタートして3年ちょっと、レース前に誰か知合いにお会いできるというのは初めての経験(古河のとき、レース後にみずさんとお会いできたことはあったが)。お3方以外にも、フォローさせて頂いている方が何人か参加されていて、レース中はそれぞれの歩みだったが、やはり、皆さんの存在がレース中はすごく力になり、自分にとっては未知のパワーで嬉しかった。皆さんそれぞれ完走されて、それもまた嬉しかった。

なお、ツイッターでは、mileに出る方々のご様子も伺っていたり、時々やりとりさせて頂いたりしていた。自分にとっては、mileに挑戦する方々には、もうそれだけで畏敬の念がある。mileの方々のツイート見てると、背筋が伸びる感があった。レース中へばりそうになった時、mileの方々のことも思い出し、それが自分のケツを押してくれた気がしている。



★North

レース中の所感は以下の感じ。

①スタート~くぬぎ村:なかなかいいね
②くぬぎ村~慈光寺:なかなかいいね
③慈光寺~堂平:…調子乗ってた。全然ダメ。50でやめようかな・・
④堂平~飯盛峠:落とせ、焦るな
⑤飯盛峠~サンピア:やれやれ持ち直してきたかな


①②は、前述のとおりで、「140」を上回らないように、ということを考えて進んでいた。最初のエイドで、いきなり目標より35分早い。でも140以下で走っている。…この時点で自重しておけば良かったのだが、なんだかいきなり浮かれてしまい、②もそのペースを維持。

で、③でやられる。

これもまた「無策・丸腰」の象徴的なところだった。自分としては、レース全般を前回」の記憶に頼っており、コースに若干の違いがでたとしても、そうそう大きな変化ではないだろう、くらいに思っていた。Northは、エイドの位置や区間距離が変わっていることは知っていたが、確認すらしなかった。

で、この区間、というか笠山への登り。前回とは厳しさが全く変わっているのに気付かず突っ込む。キチンと見てさえおけば、十分警戒して臨めたはず。それをまあ、丸腰のまま前半のボスに突っ込んだわけなので…結構やられました。心を折られかけただけではなく、体調までやられかけた。気持ち悪くなった。この区間、それから次の④の途中まで「前半終了でリタイヤしてさっさと帰る」ことをずっと考えていた。①②と③の落差があまりにもでかく、こうして書いていても、いきなりリタイヤかよ、弱えよ、と思うが、ほんとそう思ってた。

とはいえリタイヤする踏ん切りも明確な理由も無いので、何とかしようと。それに、ロングレースやマラソンでは「しんどい時があっても、粘ってればまた調子が戻る」といろいろな所で目・耳にする。自分はヘタレで、しんどくなるとすぐにやる気がなくなるので、そもそも「しんどくなる」ことの無いように組み立てるよう心掛けている。だから、こういうヘロヘロ状態になることに慣れてないのだが、上記「しんどい時があっても~~」を思いだし、持ち直す練習だと思うようにする。

 



④ではとにかく「140」を下方修正。「高くても130。120前半とかでいいから」と切り替え、少しずつしんどさが収まる。また、この区間は他のレースで何度か通ったことのあるルートなので、その辺も助かった。

⑤は、ずっと下りだということは分かっていたし、だいぶ体調も戻ってきたので調子は上向き。後半もあるし(この頃には「前半でリタイヤ、帰って寝る」の気持ちは失せている)、調子に乗らないようとにかく自重する。

走り心地の良いトレイルが続く。時間も、「夕方のちょっと前」の平和な時間で(と言っても16:30~17:00くらいでしたが)、木漏れ陽や時折見える景色を見ていると、なんだか小学生の頃の、何もすることが無い午後の、幸福な時間が思い出された。そんな感じで、LSDのつもりでゆっくり、気持ちよく足を進める。結構抜かれるが、ここは気にしない。

とはいえ最後のほうはだいぶ疲れてきて、そこでロードに出て、この頃は17:30頃、田舎の穏やかな街並み、晴れた静かな夕方、という、最高に癒される時空間を走る。晩御飯はカレー!早く帰ろ!的な(ニューサンピアのカレーを本当に楽しみにしてました)。

…実際は疲れや痛みもあったし、険しい顔して走ってたと思われるが、記憶の中ではもうこんな感じ。レースの中で、一番幸せな区間だったかなと思う。

そんなわけでニューサンピア着。時計を見ると18:00で、目標ペースより1時間半早い。一旦潰れかけたものの、前半10時間半と見ていたのが9時間弱で帰ってこれたわけなので、上出来。

まず、何はともあれカレーを頂く。2杯頂きました。次に、後半の必要品を漏れなく入れていく(さすがにここは準備していた)。食べ物を多めに。寒さを考えて着替えは数通り用意していたが、前半と同じく、「半袖・ロングスパッツ無し」で行くことに。足裏その他にはプロテクトJ。異常ないことを確認。寝転がってテニスボールでマッサージ。もう少しゆっくりしても良かったのかもだが、滞在は長くても30分、と決めていたし、カレー食べ終わって後半の準備をし始めた時、もぐさんがキリっと出て行く姿が見えたので、よっしゃ俺も、という感じで後半スタート。


★south

⑥サンピア~桂木峠:ゆっくりいこう、体調も悪くない!
⑦桂木峠~高山不動:難関突破!いい感じ!
⑧高山不動~竹寺:ヤバい…眠い…
⑨竹寺~吾那神社:粘れ、粘れ。悪くないぞ
⑩吾那神社~桂木峠:眠い、辛い、ダメだダメだダメだ…
⑪桂木峠~ゴール:24時間切り!進め!うおー!!



⑥は、調子を見ながら慎重にゆっくり入ったが、体調良好であることを確認。桂木観音には19:50着、1時間半差をキープ。

⑦⑧は、自分的にはボス2連発区間。まず高山不動までの登り。前回ここを通過したのは真夜中。雨の中、ポツン、ポツンと見えるヘッデンの灯りを見ながら、静謐な時空間を無心で登った、強い印象があるところ。辛い登りへの警戒と同時に、「あの静謐よもう一度」みたいな楽しみな気持ちもあって、その、一番厳しい登りに差し掛かった時には、「そう、そう、これ…!」と、懐かしむ余裕もあった。

そして、自分が思っていたより楽(?)に、関八州見晴台に到達。夜景絶景。しばし見とれる。少し下って高山不動に着いたのが21:45頃で、なんと目標より1時間55分早い。ボス1発目で、目標に対してのリードを広げた。

24時間切りに目標を上方修正しても、そこに対して1時間のリード。身体は重いが致命的な痛みは無い。体調も悪くない。今回、一番きつい箇所をこんな感じで抜けられたのだから、この後もこの調子を維持していけば…うっしっし…と色気を出した、ここからが苦しみの始まりだった。

そう、すごい覚えてるんだが、この時ほんとに「うっしっし…」という字幕が頭をよぎったのだ。「もしかしたら行けるかも、でもまだ先は長いし何が起こるか分からない。慎重に引き締めて行こう」というのが、在るべき姿というか、こうしたレースにおける作法だろう、と自分は思う。

それが、「うっしっし…」だもんなぁ。心が曲がってるし緩んでる。甘すぎる。ナメている。まだ66㌔だというのに。本当にもう…思い出しても恥ずかしい。



⑧、西吾野駅以降、子の権現までの登りが第二ボス。子の権現は「なかなか近づかない」という印象があるので、これまた心して臨む、はずだった。しかし、まあ、そんな感じで浮ついているわけなので…

まず、眠気が来た。
眠気は、「夜明け頃に来るだろう」と読んでいたので、「ここで来たか!まだ日付も変わってないじゃないか」とうろたえる。

そして、子の権現がなかなか来ない。いや、分かっていたけど、それ以上に来ない。気持ちが切れそうになるのを何とか押えて進む。
寒さも気になってきたけど、ジャケット来て温かくなったら多分もっと眠くなるだろうと思い、そのまま進む。

この眠気、慢心が招いた結果なのかどうなのかそれは分からないけど、絶対そうだと思う。子の権現手前、空がパッと開ける箇所があり、灯りを消して星を眺める。北斗七星はさっきから確認していたが、おお、さそり座が見えるじゃないか。アンタレス赤い!…なんて、楽しみにしていた星空を眺めても眠気は晴れず。。

子の権現でお茶屋さんが深夜営業してくれているのは事前に知ってはいたが、本当に助かった。饅頭とお味噌汁を頂いてひと安心。時間が若干気にはなったが、ゆっくり休むことにする。これが無ければ、竹寺までのあとわずかな距離が本当にきつかっただろう。

竹寺エイドで豚汁を頂きさらに復活、そして、ご提供頂いていたカフェイン錠剤を投入。次の吾那神社まではだいぶ勝手知ったる道、似たようなアップダウンがしつこく続く箇所だというのはわかっているが、距離感等は掴んでいる。とはいえ、眠気が覚めないと不安だな、と思いながら竹寺を後にする。




⑨、ここは粘れたと思う。前坂に至るまでの2本の登りが、前回は朝6-7時頃で眠くて仕方無かった記憶があるが、カフェインが効いてきたか、ガムだのシゲキックスだのも相乗したのか、眠気は去る。前坂まで到達。あとは、これまたなかなか出てこない天覚山を目指してアップダウンを繰り返していくのみ。
大高山についたところで「天覚山まで1時間」と定め、なかなか近づかない天覚山への苛立ちを先回り。結果、確か45~50分くらいで踏破。天覚山からの、僅かに白み始めたTokyoの夜景がこれまた絶景。
3:50頃に吾那神社着。目標に対する貯金はまた少し減ってはしまったが、あと2区間…23切りは厳しいかもだけど、24時間切りなら9:00、充分行ける、ように思われた。

ここで、気持ちをリセットして、少し時間をかけてでも、改めて準備をし直して臨むべきだった。
前回もこの区間、ついに眠気に負けてダウンしかけている。
アップダウンもいやらしい、思った以上に長く感じる…等々、分かっていたはずなのに。
少なくとも、エイドにカフェイン錠剤が見当たらないからといって、「まあいいや」と軽い気持ちでスタートするべきではなかった。
効いたかどうかは分からないけど、気持ちの問題。慢心。


というわけで、⑩は地獄でした。ほんとに。眠い眠い眠い眠い眠い。身体が進まない。眠いから認識もおかしくなる。ユガテから一本杉峠までは、北向地蔵を経由して遠回りする感じなのに、なぜか地図上での最短距離が頭にあって「ユガテまで行けば一本杉峠まですぐ、そこから桂木観音までは下りだから眠気も覚める」と、間違った認識。ユガテ過ぎてしばらくしたところで地図を見た時のあの絶望!

実際の順位変動は殆ど無いのだが、かなり多くの人に抜かれた気がする。でも、眠かったからその辺ももうよく分からない。覚えているのは、とにかく眠気を覚ましたくて、一応前後に人はいないはずだと確認した上で、奇声というか、獣の唸り声みたいな気持ち悪い声を出しながら登っていたら、ピークで先着のランナーさんが休んでいたこと。絶対聞こえてた。気持ち悪いかウザいか思われてた。挨拶しても答えてくれなかったし。絶景ピークだったのに申し訳ないことをした。あれはどこだったろう、たぶんスカリ山だったと思うのだが、眠さと恥ずかしさでよく分からない。

ユガテ~北向地蔵の間は、シングルトラックの綺麗な、先まで見渡せるトレイルが何か所かある。自分の中の記憶だと、なんかこのへんはもう、おとぎ話みたいなすごい幻想的なトレイルになっていて…これもまた、脳がラリっていたことの証左だろう。

てか、今度元気な時に、ここ走りに来よう。せっかくの美しいトレイルなのに、辛いイメージしかないのは勿体無い。

そんな眠い中でも、時間の意識は残っている。ていうか、無機質で恥ずかしいことだが、時間の意識しかない。23切りはとっくに諦めていて、でも、24切はまだ望みがあるのではないか。一本杉峠~桂木観音までは、下りだから眠気は覚める。前回はヘロヘロだったが、1時間でいけた。今回もおそらく同様に行ける。最後の区間は1時間半(と、この時は思っていた)、余裕を持って7時までには桂木観音に着きたい。すると一本杉峠に6時には着きたい…と思っていたのだが、実際は確か5~10分過ぎていたような。そこからは予定通り(?)、下りなので眠気は少しマシになり、身体に鞭打って進む。
桂木観音着7:00.



エイドでスタッフの方に、「24時間切れますよ!」と励まして頂く。前述のように、区間⑩は1時間半と思っていたので、いけるじゃん!と。しかし、エイドをスタートしてすぐ、携行していたタイム表を改めて確認すると、この区間、前回は2時間4分かかっていて、今回の目標も1時間50分、となっている。

マジか、と。ここまで100㌔弱、20数時間進んできて、最後に分差の戦いになるのか!?と。時間や順位はあくまで一つの目標であり、トレイルランニングの魅力だったり楽しみは、もっと他の所にある、と思っている。でも、もうこの時は「24時間」だけしか考えて無くて(重ね重ね勿体無い!!!)、とにかく進まねば、という気持ちに。

この区間、ほんとは大高取山への登りを楽しみにしていた。前回、最後、うだる暑さと陽射しの中、鳥の声、蝉の声、仲間の声を聴きながら、朦朧としながらも「この景色を忘れることは決してないだろう」と思いながら進んだ区間。この、ある種の「幻想」が、自分の中でこのレースを象徴するものとなっていた。
今回、俺は、どんな思いであの登りを進むことが出来るのだろう…

…もう、必死。歩みはカメだけど気持ちは必死。幻想とか知らん。眠いんだか眠くないんだかもよく分からない。とにかく進む。止まっても進む。幕岩展望台、とても景色が良く、気持ちに余裕があれば10分くらいボーーッと出来ればどんなにか素晴らしかったろう。でも、チラっとだけ見て、進む。ああ、本当に勿体無い。誰かさんの人生のようだ。

最後のロード、第一回の記憶と今の自分の体調で、20分は見ておきたい。だから余裕をもって、30分前、8:30にはロードに到達したい。大高取山のピークに到達したのが確か8:00丁度くらいだったような。1時間で登ってきて30分で下る、何とかなる!と、進む。

で、確か、8:25くらいにロードに到達。行ける!と思うものの、今回何度も慢心から痛い目に合っているので、ロードが自分の思っていた倍の長さだとか、同じところ2周走らされるんじゃないかとか、そんなことを思いながら、景色を確認しながら走る。通勤走者として、平坦なロードで歩くわけにはいかない、とか、なんだかもう持ってるもの全てを総動員して進む。

途中で、今度こそ思い違いは無いこと、24時間以内でのゴールをほぼ確信する。けど、だからといってそれは歩いていい理由にはならない。一瞬でも歩いたら、一気に疲れと眠気に引きこまれて進めなくなるだろうし、だらしないレースをしてしまったのだから、せめて最後はキチンと終わらせよう、と、走り続ける。

ニューサンピアの敷地内に入り、最後の登りも走る。ゴールは閑散としている。あれ??と思うが、でも嬉しいしいいや。バス待ち?の先着ランナーさんたちが声をかけて下さる。
 

8:40、ゴール。

…良かった。ゴールできた。ホッとした。
静かで閑散とした雰囲気のおかげで、かえって、喜びをかみしめることが出来た。というか、この感じが自分的にはTWらしくて良い。

本当に、素晴らしいレースだった。
このあと、前述のように反省がダーッと襲ってくるわけだが、ゴール直後は、幸福感に包まれていた。

帰宅途中、多くの方からツイッターで労いのお言葉等々頂き、本当にありがとうございました。この場を借りて御礼申し上げます。帰りの電車では涎は垂らすは寝過ごすわ、駅からの自転車では居眠り運転して植え込みに突っ込むわと散々で、自分のことは棚に上げて、皆さん家まで無事に帰れただろうかと心配になるくらい。家に帰るまでがレースだ、ということで何とか辿りつき、無事に第三回トレニックワールドin彩の国、完踏。

 



4.まとめ

レース翌日に、こんなことをメモっていた。

①良い結果、順位は出したい
②でもそれは、「自分が気持ちよく走った結果」でないといけない
③但し、レース中に目標が励みとなって自分を動かすのは構わない
④しかし、レース全般を見渡して、あくまで②を外さない範囲で無いといけない
⑤自分のベストを尽くすことに集中
(原文ママ)


うーんと、これは多分、せっかく、丸一日以上自然の中に身を浸せるという超贅沢な時空間にいながら最後、眠さにやられてレースを楽しめなかった自分、時計とにらめっこしていた自分、に対しての戒めのようなメモではないかと思う。

ただ、冒頭にも書いたが、日が経つにつれてこうしたクヨクヨ感はどんどん薄れていって、楽しかった、気持ちよかった、美しかった物事ばかりが思い出される。

今回、そもそも「準備不足」という負い目が自分の中にあって、それが、レース中うまくいかなかった時に「やっぱダメだ」みたいな気持ちに自分を何度か持って行きかけた。でも、冒頭に書いたように、確かに山でのトレーニングは不足していたが、一方、日々の走り込みで、やはり地脚は強くなっていたんじゃないか、とも思った。

 

※追記:

これだけ「眠気」について触れているのだから、睡眠状態について触れないわけにはいかないですね。レース直前一週間の睡眠時間は、634‐600‐516‐521‐449。前日も、首尾よく仕事を抜け出したもののなんだかよく眠れなくて(遠足前日状態)横になっていた時間は530くらいあったと思うけど、ぐっすり寝た時間はそんな多くは無い気がする。少なくとも平均で6時間以上確保しておきたかったし、自分的に最善は尽くしたと思うが、ここば冒頭に述べた通り、そもそも仕事との折り合いがうまくつけられなかったのが敗因。睡眠は、本当に本当に自分にとっての大きな課題。

トレイルランニングに真摯に向き合うのであれば、もっと、積極的に山に入っていきたい。ただ一方、自分の今の生活バランスや、マラソンでの目標、優先順位…みたいなことを考えると、そこまで山に行く時間は取れない、かもしれない。

レース前は、そんな状態で山に挑むなんて甘い、二兎を追ってもだめ、マラソン狙うのかトレイルランでいくのかハッキリしないといかん、みたいなことを、なんだかイジイジ考えていた。

でも、レースが終わって一週間、今の正直な気持ちは、



「細かいことはいい!やっぱ楽しいからどっちもやる!!」

「どっちも楽しみたいから、楽しめるように練習がんばる!!」

「ていうか練習も楽しむ!!」



いいですよね、、いいでしょう!!